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【五木寛之 心に沁み入る不滅の言葉】 第6回

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之講演集


 五木寛之さんの『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』から心に沁み入る不滅の言葉をご紹介します。

 五木さんは戦時中から特異な体験をしています。
 「五木さんは生まれて間もなく家族と共に朝鮮半島に渡り、幼少時代を過ごしました。そこで迎えた終戦。五木さんたちは必死の思いで日本に引き揚げたそうです」(「捨てない生活も悪くない」 五木寛之さんインタビューから)


 今年9月に90歳になるそうです。今日に至るまで数多の体験と多くの人々との関わりを掛け替えのない宝物のように感じている、と思っています。

 五木さんは広く知られた超一流の作家ですが、随筆家としても、講演者としても超一流だと、私は思っています。

 一般論ですが、もの書きは話すのがあまり得意ではないという傾向があります。しかし、五木さんは当てはまらないと思います。 



「『慈』と『悲』」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 1 (16)

 
 「慈」というのは、人間にたいして前むきに「頑張がんばれ」とはげます、そういう明るい励ましのことばではないかと思うのです。
 「マイトリー」(*)ということばが生まれた背景を教わったことがありますが、古いインドの原始社会では、人間たちはみんな最初は夫婦単位、やがて子どもができて家族単位、そして親戚ができて血縁関係で集落を作って住むという、グループを作って暮らしていました。
 古代の社会は、ほとんどが血縁関係で結びついている。そこでは、人びとをつなぐ大きなきずなは、血縁だったのです。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之         

(*)「慈」というのは、元々は古いサンスクリットのことばでは「マイトリー」ということば



「『慈』と『悲』」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 2 (17)

 
 血縁がなくても、人間たちをつなぐ心の絆で、おたがいに助けあい、励ましあう。「マイトリー」という感情の背景にはそういうものがあり、それが成長して「慈」と呼ばれうる、ひとつの思想になったと考えていいと思います。
 これは、おたがい人間同士なのだからと許しあい、励ましあい、助けあうという感情です。ボランティアという精神の根本の思想は、この「マイトリー」という感情だと思うのです。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之         



「『慈』と『悲』」から

五木寛之の心に沁み入る不滅の言葉 3 (18)

 
 たとえば、自分の残された人生をはっきり見極め、そしてそのなかで「もう闘うのは止めた」という人もいます。
 自分の死をみつめて、その死をきちんと迎えよう。そう覚悟している人もいます。
 覚悟していても、人間というものは、そんなふうに割り切れるものではありませんから、心のなかには大きな葛藤かっとうがあります。
 そういう人のそばに行って、「こういうやり方がありますよ」「絶対希望を捨てないで頑張ってください」と言っても、現実的にどうにもならない問題というのがあるのです。
 つまり、激励げきれいや励まし、「頑張れ」ということばが、相手に届かないどころか、かえってその人を苛立いらだたせる、悲しみを深くするだけという場合もある。

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編』 五木寛之         


出典元

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』から
2015年10月15日 初版第1刷発行
実業之日本社




✒ 編集後記

『生かされる命をみつめて 自分を愛する 編 五木寛之講演集』は、講演集ということになっていますが、巻末を読むと、「2011年8月東京書籍刊『生かされる命をみつめて』『朝顔は闇の底に咲く』『歓ぶこと悲しむこと』に加筆の上、再構成、再編集したものです」と記載されています。

裏表紙を見ると、「50年近くかけて語った講演」と記されています。それだけの実績があります。

🔷 「自分の死をみつめて、その死をきちんと迎えよう。そう覚悟している人もいます。
 覚悟していても、人間というものは、そんなふうに割り切れるものではありませんから、心のなかには大きな葛藤かっとうがあります」

この文章を読み、2015年8月に他界した妻が入院していた時に、感じていたことを代弁している、と思いました。

病床に臥す妻のそばで、私は見守ることしかできませんでした。
妻の意識が混濁して会話を交わすことができなくなるまでの「濃密な時間」は、もう二度と共有できない掛け替えのないものと感じました。



🔶 五木寛之さんの言葉は、軽妙洒脱という言葉が相応しいかもしれません。軽々に断定することはできませんが。

五木さんの言葉を読むと、心に響くという言うよりも、心に沁み入る言葉の方が適切だと思いました。

しかも、不滅の言葉と言ってもよいでしょう。



著者略歴

五木寛之ひつき・ひろゆき

1932年福岡県出身。早稲田大学露文科中退。67年、直木賞受賞。

76年、吉川英治文学賞受賞。

主な小説作品に『戒厳令の夜』『風の王国』『晴れた日には鏡をわすれて』ほか。

エッセイ、批評書に『大河の一滴』『ゆるやかな生き方』『余命』など。

02年、菊池寛賞を受賞。

10年、『親鸞』で毎日出版文化賞特別賞受賞。

各文学賞選考委員も務める。






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