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【大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉】 第87回




大人の流儀

 伊集院 静氏の『大人の流儀』から心に響く言葉をご紹介します。私は現在『大人の流儀』1~10巻を持っています。このうちの第1巻から心に響く言葉を毎回3件ずつご紹介していこうと考えています。全巻を同様に扱います。

 時には、厳しい言葉で私たちを叱咤激励することがあります。反発する気持ちをぐっと堪え、なぜ伊集院氏はこのように言ったのだろうか、と考えてみてください。しばらく考えたあとで、腑に落ちることが多いと感じるはずです。

『大人の流儀3 別れる力』をご紹介します。

 ご存知のように、伊集院氏は小説家(直木賞作家)で、さらに作詞家でもありますが、『大人の流儀』のような辛口エッセーも書いています。


大人の流儀 伊集院 静 心に響く言葉 第87回

第3章 正義っぽいのを振りかざすな


「大人の男の覚悟とは何か」から

伊集院 静の言葉 1 (258)

 明治維新が素晴らしいもので、坂本龍馬が稀有けうな英雄などと私は少しも思っていない。
 明治維新にも多くの誤りがあったのは当然のことである。龍馬もしかりであるが、若くして亡くなると後のことが見えないから人々は英雄視する。類い稀な若者であったのは、その筆跡を見てもわかるが、同様の才は他にも大勢いたと想像がつく。    

大人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 


「大人の男の覚悟とは何か」から

伊集院 静の言葉 2 (259)

 プロの歌手というものはたいしたものである。その中でも前川清というのは群を抜いている。声である。一にも二にも歌手は声である。この人にしかない、という声があきらかにある。前川さんはその最たる人である。
 それは画家の筆致ひつちに似ている。
 ピカソは、ミロは、守一の作品はどの細部を見ても彼等そのものなのである。    

                        大人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 
                             



「大人の男の覚悟とは何か」から

伊集院 静の言葉 3 (260)

 サッカー選手のコメントは日本語がきちんとしており、しかも話の軸が見えた。
 それに比べるとサッカー以外のスポーツ選手は質問されると、まず、そうですね、と応える。何がそうなんだよ、意味がわからんだろう。特にひどいのはプロ野球選手である。言葉をまったく信じていない。真剣に大勢の前で何かを語ることの責務と、それがいかに大切な場所かを考えていない。
 なぜそうなったか? 時代と環境にちやほやされたからである。若い時にそれをされるとよほど性根、己と時代を見る眼がないと置かれた立場に気付かない。 

                          人の流儀 3 別れる力 伊集院 静 
                               


⭐出典元

『大人の流儀 3 別れる力』

2012年12月10日第1刷発行
講談社


表紙カバーに書かれている言葉です。

人は別れる。
そして本物の大人になる。


✒ 編集後記

『大人の流儀』は手元に1~10巻あります。今後も出版されることでしょう。出版されればまた入手します。

伊集院静氏は2020年1月にくも膜下出血で入院され大変心配されましたが、リハビリがうまくいき、その後退院し、執筆を再開しています。

伊集院氏は作家にして随筆家でもあるので、我々一般人とは異なり、物事を少し遠くから眺め、「物事の本質はここにあり」と見抜き、それに相応しい言葉を紡いでいます


🔷「サッカー以外のスポーツ選手は質問されると、まず、そうですね、と応える。何がそうなんだよ、意味がわからんだろう。特にひどいのはプロ野球選手である。言葉をまったく信じていない。真剣に大勢の前で何かを語ることの責務と、それがいかに大切な場所かを考えていない」

この指摘は、私も以前から感じていたことです。
ゲームが終了した後のヒーローインタビュー(お立ち台と称するところに上がりインタビューを受ける)で、ヒーローとなった選手が「最高で-す」などの言葉を使うのをよく耳にします。

そして、他の選手も真似して使います。

いい歳をした大人が公の場で使う言葉ではないと思っています。その類の言葉を聞くと、その選手は大人ではなく、幼稚な子供と感じてしまいます。

それに引き換え、Jリーガーや海外でプレーするサッカー選手は、インタビューの際、ゲームの経過や自分のプレーに対し、自分の言葉できちんと応えます。年齢は関係ありません。

サッカー選手のほうがプロ野球選手より大人だと実感します。年齢は関係ありません。

機会がありましたら、サッカー選手とプロ野球選手がインタビューを受けた時に、聴き比べてみてください。きっとそう感じると断言できます。

その違いはどこから生まれるのかを考えてみました。

プロ野球選手は野球さえできれば、社会人としてきちんとした大人の対応ができなくとも許される、という風潮があるためではないかと考えました。

ここ最近、一流選手と言われる人たちが女性問題を引き起こすケースが出てきています。所属チームは犯罪に関わる案件だけでなく、倫理的に許されないことも絶対にしてはならないという指導を徹底しているはずです。

ところが、問題を起こした選手が、チームの主力選手だった場合には、球団の対応は甘くなりがちで、一度報道されても、続報をしないように各メディアに働きかけ、うやむやにされるケースがよくあります。

あるプロ野球チームのOBが、元のチームの主力選手が女性問題を起こした際に、苦言を呈したことがありましたが、その後立ち消えになりました。

「⚪⚪⚪の選手は紳士たれ!」という言葉は死語になってしまったのでしょうか?

私は幼い頃、野球もサッカーも好きでどちらもよくやりました。もちろん、お遊びですからプロの世界で活躍しようなどとは最初から頭にはありませんでした。

サッカーでもプロ野球でも観戦する愉しみという点では甲乙つけがたいですが、プロ野球選手たちはもっと大人になって欲しいと思っています。

⭐追伸
「ピカソは、ミロは、守一の作品はどの細部を見ても彼等そのものなのである」の文章の中の<守一>とは誰のことか解りませんでしたので、調べてみました。

熊谷 守一(くまがい もりかず、1880年〈明治13年〉4月2日 - 1977年〈昭和52年〉8月1日)は、日本の画家。日本の美術史においてフォービズムの画家と位置づけられている。しかし作風は徐々にシンプルになり、晩年は抽象絵画に接近した。富裕層の出身であるが極度の芸術家気質で貧乏生活を送り、「二科展」に出品を続け「画壇の仙人」と呼ばれた。勲三等(辞退)、文化勲章(辞退)。

熊谷守一 Wikipedia     


熊谷守一
Wikipedia

🔶『大人の流儀3 別れる力』について『由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い』の中で言及しています。

伊集院静と城山三郎
『別れる力 大人の流儀3』
私が伊集院静さんに興味を持ったのは、彼の先妻が女優の夏目雅子さんであったこともありますが、『いねむり先生』という題名の小説を読み、不思議な感覚を味わい、また『大人の流儀』という辛口のエッセーを読んだからです。 

由美子のいなくなった夏 亡き最愛の妻への想い p. 212


夏目雅子さんのプロフィール



🔶伊集院静氏の言葉は、軽妙にして本質を見抜いたものです。随筆家としても小説家としても一流であることを示していると私は考えています。


<著者略歴 『大人の流儀』から>

1950年山口県防府市生まれ。72年立教大学文学部卒業。
91年『乳房』で第12回吉川英治文学新人賞、92年『受け月』で第107回直木賞、94年『機関車先生』で第7回柴田錬三郎賞、2002年『ごろごろ』で第36回吉川英治文学賞をそれぞれ受賞。
作詞家として『ギンギラギンにさりげなく』『愚か者』などを手がけている。


⭐ 原典のご紹介



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大人の流儀 伊集院 静


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