暗殺拳の継承者、音楽家になる -一話 目覚め-

 今でもはっきりと覚えている。

 夜の冷たさが薄らいで、朝の暖かさが顔を出し始めた明け方。屍の山に囲まれながら、血濡れた己の手を見つめ、俺はその時に確信した。

 暗殺と音楽は同じだ、と。

 俺は黒龍。4000年以上の歴史を持つ暗殺拳、無影手の継承者だ。
 暗殺拳である無影手は選ばれし者にのみ伝えられる秘拳で、その強力さから、使い手はその力を持って悪を葬り、力無き人々を守ることを責務とされている。

 その昔、孤児で野良犬当然の暮らしをしていた子供の俺は、暗殺拳の使い手であり、今では俺の師匠である人に偶然拾われた。

 拾ってくれた師匠の恩を返すべく、俺は日々暗殺拳を磨き、鍛え抜いた技と拳でこの世の悪を人知れずに葬り去った。

 拾われてからはずっと、修行と暗殺を繰り返す毎日だった。

 その修行と暗殺の日々の中、ある時俺は気付いてしまった。
 暗殺と音楽は同じだ、と。

 暗殺拳はリズムに合わせて拳を打ち込む。
 音楽はリズムに合わせて音を打ち込む。

 暗殺拳は計画を組み立て、暗殺へと至る。
 音楽は構成を組み立て、曲へと至る。

 暗殺拳に決められた型があるように、音楽にも決められたコード進行がある。

 暗殺拳の全てが音楽と繋がっていた。

 そのことに気が付いてからは、まるで火が付いたかのように成長していった。

 テンポをずらすことで反撃のタイミングを掴ませない連撃『鎖打』。

 二方向から拳を打ち込み、内部で衝撃を爆発させる『交死絶衝』 。

 独特のリズムとステップで相手の遠近感を狂わせて近づく『戯歩』。

 相手と自分の呼吸を合わせ、相手の動きや思考を読み取る『鏡心』。

 習得するのには年単位の修業が必要なこれらの技を、俺はわずか一か月で会得した。

 その目まぐるしい成長には、師匠も舌を巻くほどであった。
 しかし、これらはまだ覚醒への前奏曲に過ぎなかった。

 弟子の急速な成長を目にしてか、師匠は俺にある大きな仕事を任せてくれた。

 子供の誘拐を専門に行う犯罪集団、小鬼旅団の殲滅だ。

 各々が武装している上に人数も多い危険な仕事だが、成長した俺の実力を見込んで、この仕事を任せてくれたのだ。

 俺は仕事を任されたその日のうちに、小鬼旅団のアジトへと足を運んでいた。

 普段ならば、もっと入念に下調べをしてからターゲットの元へと赴くのだが、その時は確実に上手くいくと言う妙な自信があった。
 いや、それはもはや確信に近かった。胸が緊張とは別の鼓動で高鳴っていた。

 小鬼旅団のアジトはスラムの外れにある廃ビル群の一角にあった。
 周りには同じような建物がいくつもあり、スラムの更に外れにあるので、少し位騒いでも誰も気づかない。まさに隠れたり悪事をするのにはうってつけの場所だ。

 子鬼旅団のアジトを見つけた俺は、少し離れた廃墟に身を潜め、アジトを見張りながら、攻め入る時を伺った。
 息をひそめながら待機している間も、胸の鼓動は静かに高鳴り続けた。それはまるで音楽を奏でているかのようだった。

 そして夜も更け、明け方も近づいてきた午前3時半。アジトへの人の出入りも無くなり、アジトから明かりも消えた。

 俺は身を潜めていた廃墟を出て、息を殺しながらアジトへと近づく。

 アジトの入口には眠そうにしている見張りが二人。
 自分の中でスイッチを入れる。

 そっと近づき、落ちていたガラス片で一人の喉を切り裂き、もう一人はそのガラス片を心臓に突き刺して殺した。
 悲鳴の一つすらあげさせない。

 普段ならば死体を二つ作っても心は動くことは無いが、今は何故か不思議な高揚感を感じていた。殺人自体に興奮しているのではないが、感じている高揚感については自分でも説明出来なかった。

 死体を脇にどけると、ビルの入口にガソリンと時限式の発火装置をセットした。崩れかけた小さな廃ビルなので、まともな出入り口が一つしか無いことはアジトを観察していて分かっていた。
 これで奴らの退路は防ぐことが出来る。

 その後、ビルの裏へと回り、クライミングの要領でビルの壁をよじ登っていった。

 まずはリーダーだ。
 窓から中をうかがい、リーダーを探した。

 ビルをよじ登っていくと、最上階の部屋でリーダーの男が壊れかけたベッドに大の字で寝ていた。

 窓を開けて大いびきをかいて寝ていたので、侵入は簡単に出来た。
 ターゲットを目の前にして、また不思議な高揚感を感じた。胸の鼓動が静かに響き、音楽を奏でているようだった。

 そっと近づきベッドに腰掛けると、リーダーの男の顔に手を当てる。
 その瞬間、顎と頭にスライドさせて頸椎を一気に捻り壊した。

 まだ眠っているような死に顔を見て、胸の鼓動がまた一段と大きくなる。

 枕元に置いてあった銃を拾って部屋から出る。

 別の部屋で寝ていた団員を同じ様に始末し、下の階へと降りた。
 その間も鼓動は高まり続けて、音楽のビートを刻んでいるようだった。

 扉の隙間から明かりが漏れ、部屋の中から音が聞こえる。どうやら麻雀をやっているようだ。本来ならばもっと気をうかがうべきなのだが、高まるビートと衝動はもう止められない。

 扉の前で一呼吸起き、勢いよく扉を蹴破った。

 「なんっ……!!」

 部屋には麻雀をしている四人に加え、その後ろで酒を飲みながら観戦している三人。
 鼓動のリズムに合わせて、まず麻雀をしている四人に銃弾を打ち込み、続けて後ろの二人に打ち込んだ。

 ワンテンポ置いて、叫び飛び上がった残りの一人に弾切れの銃を投げつけ、それと同時に踏み込んで前蹴りを打つ。みぞおちにつま先がめり込み、ぐもった声を出して静かに倒れた。

「なんだ!何が起こった!?」

 階段を駆け上がってくる音と、男たちの怒声が聞こえる。
 同時に自分の鼓動も最高潮に高まった。

 心臓がビートを刻み、頭の奥から音楽が鳴り響く。

 死体と共に転がっていた青龍刀を拾い上げ、部屋に入ってこようとドアを開けた瞬間に男の頭に叩き込む。

 それをドアごと蹴り飛ばすと、後ろにいた男たちはドミノ倒しのように倒れていった。

 狭い廊下で重なり倒れ、もがいている男たちの頭を順々に蹴り飛ばしていった。もう頭の中で鳴り響く音楽は止められない。

 ここで団員たちはようやく侵入者の存在に気が付いたが、もう遅かった。
 ここでの騒ぎをかき消すかのように、階下から爆発音が響く。

 入り口に仕掛けたガソリンが爆発した。

 下からは爆炎、上からは侵入者と、残った団員たちはパニックへと陥った。

 俺はパニックになった団員たちの元に、衝動のまま突っ込んで行った。

 そこからの記憶は曖昧だ。

 怒号と銃声、悲鳴と金属音。
 爆発音や壁の倒壊する音に加えて、人の骨が折れる音。肉が潰れる音。

 血しぶきと炎で彩られた世界で、人の死が音となって重なっていった。

 それらの音が自分の頭に鳴り響く音楽と混ざり、曲を作り上げていくようだった。

 気付いたら子鬼旅団のメンバーは全員死体となって転がって、生きているのは俺だけとなっていた。

 朝焼けの中、炎の燃え盛る音だけが静寂の中響いていた。

 暗殺と音楽は同じ。
 そして今、自分の中で一つの楽曲が完成した。


原案&協力:オカピー(https://twitter.com/okapy888


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