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映画「エル・スール」を補完する

ビクトル・エリセ監督の映画「エル・スール」は、映画で描かれたラストシーンの後、主人公の少女が父親の故郷であるスペインの"南"へと旅をして、父の過去を知ることで人生をまた一歩前に進めるまでを描くはずだった。

そもそも"エル・スール"というタイトルが“南”という意味であって、映画では第一部である「北」の部分は描かれているが、第二部の「南」に舞台が移る直前で映画は終わる。監督は北部と南部の風景や人々の生き方の違いを両方見せたかったと語っているが、タイトルそのものである"南"には行き着けなかった。

これは当時の製作の財政的な事情によるものらしく、既に撮っていた「南」のいくつかのシーンは捨て、撮影済みの「北」の部分だけで一本の映画に仕上げるという苦渋の決断をするしかなかった、まさに監督にとって「エル・スール」は"未完の作品"なのだ。(このあたりは、最新作「瞳をとじて」の"未完の映画"のイメージにも繋がる)

そんな、未完の映画「エル・スール」には、当時ビクトル・エリセ監督のパートナーであったアデライダ ガルシア=モラレスさんが書いた原作小説があり、日本でも出版されていることを今更ながら知って、その小説版「エル・スール」を読んでみた。

あの映画の原作であり、さらに第二部「南」パートまであるなら、さぞ長い物語だろうと思って手に取ったのだが、意外や、読みやすい文字の大きさで100ページほどの中編小説で、わりとあっさり読めてしまった。

小説版は、主人公エストレリャが昔のことを回想しながら、その時々の自分が感じたことを語り続ける形式をとっており、物語の後半で彼女は"南"へ行き、父親の過去と向き合う。

映画とは少し手触りが違うものの、映画を観て、この小説を読んで、また映画を観て。その向こうにビクトル・エリセ監督が本当に作りたかった完全版の映画「エル・スール」に想いを馳せることが出来るだけでも、この原作小説を読む価値があると思った。

日本版の書籍そのものも、とても美しく、手触りが良い。大切にしたい一冊。

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