ツバメのいた夏・2
巣作りを終えてすぐに産卵抱卵かというと、そんなことはないらしい。
けっこう長い期間、ツバメペアは飛んだり巣に戻ってきたり、フェンスに止まったり鳴き交わしたり追いかけっこしたりしていた。朝から晩まで遊んでばかりいるのである。でもたぶん、遊びながら、周辺の環境——育雛に必要な食料がじゅうぶん得られるか、危険はないか、雨風の際の飛行ルートをどうするか、などなど——を、確認していたのだろう。
毎日見てはいたけれど、オスメスの明確な区別はつかなかった。他のツバメと混じって飛んでいるときなど、うちの若夫婦なんだか、余所様のベテラン勢なんだか、さっぱりわからない。人間の視力とか眼力とかってやつは、その程度のものなのだ。でもまあ、うちのペア限定で観察していると(なんとなくだけど)自由気ままなほうがメスで、あとからついてくるほうがオスかな? という気がした。雌雄の見分けに詳しいわけではないので違うかもしれない。あやふや。
首と胸のあいだの輪っかの模様が少し違う。ちょうどネックレスのように胸元に模様があって、一羽はペンダントが小さく、もう一羽はすこし大きめの淡いペンダントだ。
ペアとわたしの関係は良好で、わたしが出入りしても、騒いだり逃げたりしない。
だが問題がひとつあった。
彼らの巣はいわゆる勝手口の真上で(勝手口って現代語だろうか、通じるかしらん、大汗)、ほぼ毎日数回の出入りのある場所なのだった。巣の真下に大きなコンテナが一個ある。ゴミ出しの日まで一時的に不要物を置いておくコンテナだった。
わたしが出入りしても、ツバメペアはさして慌てないけれども、抱卵、育雛となれば、出入りはしないほうがいいかもしれない。人間の接近が原因で野生の猛禽類が巣を放棄してしまうことがあると、知識の片隅にあったから、「親鳥を驚かせてはいけないのでは?」と、ゴミ出しのたびに気になっていた。
近隣のホームセンターへあらたなポリバケツを買いに行き、巣から遠く離れた場所、庭の隅に置いた。バケツはときおりひっくりかえっていたりした。どなたさんの仕業であろうか。濡れ衣を着せておく。
ツバメたちが初めて軒下に下見に来たときから一ヶ月ほど経ったころ、一羽が巣の中にこもるようになった。一日中ではなく、しばしば巣を空けていたから、抱卵しているのかどうなのかわからない。
卵が巣にあるときは四六時中巣にいるものだとわたしは思い込んでいたので、今がどの状態なのかわからなかった。
ペアごとの育雛の時期にはかなりの開きがあり、よそのペアはそろそろ巣立ち雛に空中給餌していたりする。我が家のペアは遅めの営巣だったのかもしれない。ともあれ、抱卵から育雛までの期間は、刺激しないようにと思って、勝手口は使わないことにした。
毎日顔を合わせて話しかけたり眺めたりしていたせいか、急に会えなくなるとさみしいものだ。散歩していてもツバメが気になった。上ばかり見ていて、飛行機の写真を撮ったりして、きれいに撮れたけどよけいさみしいような気がしてきて、なんのこっちゃ。である。
二週間ほどして、勝手口からちょっと離れた窓の隙間から様子をうかがうと、親が巣にいない。けっこう長時間いない。
よもや巣の放棄では……! と冷や汗で待っていたら、ごくごく小さく「ちるちるちる……」と鳴く声が聞こえてきた。おお、孵ったか。どれどれ、ばぁばに顔を見せなされ。
雛は口がでかい。顔の横幅より口の幅が長いのである。首のすわりもこころもとない。
こんな感じです。(不味い絵だ)(汗)
巣の下に卵のカラがひとつ落ちていた。親鳥が「孵りました」と人間に教えてくれているのだという説がある。他のカラはどうしたのだろう? 外へ持って行って捨ててきたのだろうか。うっかりしてカラの写真を取り損なったのが残念だ。プン受けの板を渡し、新聞紙を敷く。これを毎日取り替える。雨のあとなど新聞紙の敷き替えはビジュアル的にもその他の要因においても、なかなかに厳しいものがあるが、まあ、辛抱忍耐辛抱忍耐。
孵卵後三日あたりから親鳥は猛然と給餌をし始める。小窓から見ていると、一分から五分に一回、巣に戻ってくる。朝五時頃にはもう給餌が始まっている。夕方は七時頃まで、どうかすると明るささえあれば八時頃まで給餌している。三分おきとしても、一時間に二十回。朝から夜まで十五時間。都合300回。それがほぼ二週間続く。総飛行距離はいかほどか。
気温が上がって猛暑となった日の午後、いつもは止まらないような門灯の上に親鳥が乗り、口を開けて呼吸していた。疲労困憊なのだろう。頼むよ、乗り越えておくれよ。
それやこれやで、見ているこちらも気が気ではない日々が続いていたある日、事件が起きた。
ツバメの危険警報をご存じでしょうか。
一度聴けばすぐ覚えられると思う。鋭く大きな声で「キケン! キケン!」と鳴く。複数のペアが一緒になって危険を報せあい、対象物に集団で対処することもある。
その日、たまたま勝手口近くにいたわたしの耳に「キケン! キケン!」が聞こえてきた。
すわ、マダムミケが来たのでは? と、ドアをバッと開けると、目の前にツバメが一羽飛んできた。ホバリングして急停止、大慌てといった感じで逃げていった。そのツバメを、うちのペアが「キケン! キケン!」と叫びながら猛スピードで追跡していく。
推測の域を出ないが、おそらくよそのツバメが(はぐれオス?)、うちの巣にちょっかい出しに来たのだろう。あるいはメスに横恋慕してストーキング行為に及んだか。育雛中のペアにしてみれば言語道断この上なし、である。
成り行きを見守っていると、そのはぐれオスらしきツバメが凝りもせず再び巣の近くにやってきた。うちのペアと違う経路からパタパタした飛び方で侵入してくるので、よそのツバメだなということはすぐわかる。
今度は遠慮なしに両手を高く上げてみたところ、パニックになったふうにバタバタして右往左往したのち、逃げていった。ペアがまた追い払って追跡していく。それを三度ほど繰り返した。よそオスは来なくなり、ペアが戻ってきてフェンスに並んで止まった。私が立っていても、ペアは驚かない。信頼関係っていいものだなあと、自己満足百パー。ペアと一緒に危機を脱したのだという気がして、ちょっと達成感もあったりして、我ながらどうかしてる。
「びっくりしたねー」とペアに話しかける。一羽が餌探しに行き、もう一羽はフェンスに残ってまだ警戒していた。
小鳥は小さい。この小さな身体で、懸命に子育てして、危険に対処して、助け合って生きている。わたしなぞ、ツバメの二万倍もの体躯を持ちながら、ただただ見ているだけでなんの手助けもできない。でも危険警報に気がついたら、必ず出てくるからねと、フェンスに残っている一羽に約束した。とにかく無事に育って巣立って欲しい。このあたり、祈りに近いような心持ちである。
二日ほどのち、また「キケン! キケン!」が聞こえてきた。すぐにドアを開けて外に出てみた。が、よそオスはいない。庭を見下ろしてみたけれど、マダムミケもおいでにならないし、ヘビもハトもいない。
ペアはすぐフェンスに戻ってきて、止まった。わたしが立っているのを見て、すぐに二羽とも飛び去っていった。
……一昨日は、一羽が餌取り、一羽が見張りだったのに。今日はどうして二羽とも飛んで行ったのだろう?
このとき、半信半疑だけど、「もしや」と思った。
今日の「キケン! キケン!」は、テストだったのでは?
警報を出したらわたしが必ず出てくるかどうかを、確認した?
ツバメペアはわたしを「雛を守るためのボディガード」に認定した……てことかな?
ありか?
えーっと。
まさか、ですよね。ツバメさん?
ペアの飛び去った空を見つめて問いかける。
『もの思う鳥たち』著セオドア・ゼノフォン・バーバーの第八章のエピソードの数々が思い出された。急いで本棚に行って読み返してみる。
でも。うーん。やはりなあ。ないよなあ……。
半信半疑、ではあった。
翌々日、「まさか」のほうが半減した。
七割五分信:二割五分疑くらいになったのである。
ツバメのいた夏・3 に続く
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