米騒動・ツチノコ騒動
Bちゃんは退院後にも、定期的に通院する必要があった。
担当の医師の診断を受けるためなのだが、診断前にX線撮影や血液検査があり、それらの結果が出てからでないと診察が始まらない。
予約をしてあっても3時間待ちはよくあることで、なにせBちゃんはまだ、車椅子に長時間座っていられる体力がないから、診察終わりのころは可哀想なくらいグッタリ…ということになる。
さいわい施設は病院のすぐそばだ。診察が終わると同時に介護タクシーさんを呼び、Bちゃんだけ、先に送ってもらっていた。
その日、10時の診察予約で診察予約時刻の1時間前にX線撮影、血液検査を済ませねばならない。
なので9時には病院入りしないといけなかった。私が家を出たのは朝8時である。
午後1時にBちゃんの診察が終わり、介護タクシーにBちゃんを託し、受付にカルテを出して会計処理が終わるまでロビーで待つ……のだが、時間がかかる。
1時間おきくらいに「まだですか」聞きにいくと「もう少しお待ちください」と返事がある。
持っていった本を読み終わってしまい、しかたがないので売店で雑誌を買い、それも読み終わってしまい、腹は減るし疲れるし。
午後5時過ぎ、会計窓口でお仕事されていた事務の方々も帰宅され始めたのか、窓口数が減ってきたのを見て、最後のトライ。
「4時間待ってるんですけど、まだ出ないようでしたら今日は帰ります。後日、支払いにきます」
と言うと、
「調べてきます」
と返事があり、3分しないうちに名前を呼ばれ、自動会計機で支払いをして、終わり。
時間がかかった理由は以下の通り。
Bちゃんのカルテは処理が終わってないのに、処理済みのボックスに入っていたそうである。
何故、未処理なのに処理済みにされたのか、理由は不明。まあ、単純な作業ミス?かなと思われる。
そのあと処方箋を薬局に持って行ってお薬を受け取り、お薬を施設に届け、看護師さんに診察の報告をし、Bちゃんの様子を見て、帰宅したら8時でした。
この日、Bちゃんの通院に12時間かかったことになる。
X線撮影5分・採血3分・診察10分。
診察待ち4時間は、検査結果待ちも含むのでしかたがないとしても、会計待ち4時間。
キビシイのう……どうにかならないものかなぁ。
これって、事務処理システムの変更で解決できるんじゃないかな。と考えたりした。
たとえば、あらかじめ、診察終了証明書のようなものを受付に出したら(カード化とか…)患者は処方箋だけ受け取って、支払いは自動引き落とし、ないしはクレカで口座から振り込み、患者も家族もすぐに帰れる。というようなシステムってできないもんでしょうか。
(追記:のちに、都心の大きな病院でこの支払い方法に遭遇しました。私が無知なだけだった)
とまあ、それは横に置いて。
GBの病院付き添い平均週2回、Gの世話とBちゃんの面会は隔日で、週の大半、半日以上家をあける生活となり、月末ごろになると私にも疲れが出てきたのか、耳鳴りがしだした。変な耳鳴りで、低音ばかりが耳につき、中音と高音が聞こえづらい。どっちかというと難聴に近かった。
そうしたこともあってGちゃんの介護を、増やす方向でお願いすることにした。
一回は掃除、一回はちょっとした用事、買い物や徒歩3分の信金付き添いなどである。
付き添いには身体介護が含まれるので、介護計画も作り直しだが、後の便利さを思えばそのほうがいい。
Gちゃんは自分から介護士さんに、
「買い物、お願いします」
というような声かけも、頼み事もできない(極度の内弁慶)。
あらかじめ私が電話でGちゃんから
「何かして欲しいことない?」
聞き出しておいて、介護事務所に電話し、
「買い物、これとこれ、お願いします」
依頼するのである。
Gちゃんは人様に頼み事ができない、それは個性だからしかたがない。
家の中に介護士さんが入ることを受け入れるようになっただけでも、ずいぶんと成長したGちゃんなのだ。
最初のうちGちゃんは何か頼むことを避けたいがために、介護士さんが帰られると同時に私に電話をかけてきて『あれが足りない、これがない』と並べていた。
それでもぼつぼつと、介護士さんや配食サービスの配達のお兄さんと、話ができるようになってきていたので、いい感じになってきたか……と思っていたら、また、やらかしてくれた。
配食サービスを「不味い」と言って断ってしまったのだった。
配食サービスの米飯は糖尿病対応食で低カロリー、通常の白飯に比べれば、たしかに食味は劣る。
だがGちゃんの炊飯はあまりに大雑把で、三日に一度、三合炊いて、保温しっぱなしなのだ。
三日保温のご飯って……食べたことないから、どんなもんだか知らないが、配食サービスの米飯より美味しいということはないと思う。
Gちゃんが米飯を断ったのは、味のためではなく、ご飯代八十円を節約するためだと思われた。
三合いっき炊きの理由は「炊飯が面倒くさい」から「いっぺんに炊くだ。どうせ最後には全部食う」あたりではないかと察せられる。
夏場になれば、保温三日のご飯は危ない。
三合炊いたら、一日分を残して残りは小分けし、冷凍専用容器に詰めて冷凍保存し、一食ごとにレンジで解凍するのがいいのだが、Gちゃんは冷凍も解凍もできないし、レンジも使いこなせない。
困ったのう……
さらに事態は困ったことになった。
10キロの米を買って持っていった翌週、「米がない」とGちゃんが言い出した。米樽を見ると、たしかに樽底が見えていて、残りが少なかった。
はて、1回3合、450グラム炊いたとして、10キロなら20日以上保つはずである。
「炊飯器が変だ」
Gちゃんは炊飯器のせいにする。
もしかして、かつてのBちゃんと同じように、最初から「保温」にして「炊けずのご飯」で、当然、食べられたものではないから捨て、失敗を繰り返して、それでいっきに米が減ったのではないだろうか。
Gちゃんの好みの銘柄の米は10キロ4000円。これを廃棄分含めて一週間で消費するよりは、米飯1食80円、1日2回で週に1120円の配食サービスのご飯もほうが安い。
第一、ちゃんと炊けば食べられるご飯を大半、炊き損じて捨てるのもよくない。
あれこれ説いてみたがGちゃんは聞き入れない。で、内蓋を流しにぶつけて突起部品が折れるという事態になった。
『けっ、安物はこれだからいけねえ』
その『安物』は数年前に私が買って持ち込んだ、釜炊き風をうたった厚釜IHで、わりといい品物だ。
Gちゃんは『内蓋だけ買ってこい』と言う。
ネットで会社を調べて電話してみると、幸い備品があったので注文して、代引きでGちゃんに支払ってもらうことにした。
蓋の値段を伝えると「高ぇな、けっ」とどこまでもGちゃんイズムである。
このころGちゃんの食欲もおかしなことになりつつあった。
過食気味かな? と最初に気づいたのは、2年前のGちゃんの入院のあとのことだった。
ほぼ毎日、私が昼食の下ごしらえをしてそれを持って昼前にGB宅へ行き、調理してふたりに食べさせていたとき、Gちゃんは、
「なんだ、こりゃあよ」
「炒めご飯とスープ、煮物野菜だよ」
「けっ、うまくもねえや」
文句を言いつつ完食し、
「食った気がしねえや」
買い置きのあんパンを食べ、さらにチョコレートを(Bちゃんの低栄養改善のために「一日、三粒までね」と言って私が持ちこんでおいたもの)を食べた。
もともと、そういう傾向があったので、カロリーオーバーでありながら低栄養、が案じられる。
Gちゃんが「カルシウムが不足している」と言うので、カルシウムを補給すべく、栄養補助食品を買って持っていくと、「食った気がしねえ」と言って、一日で三箱くらい食べてしまうということもあった。
さらに、庭に置きっぱなしして野ざらしになっていた炭を取り出して、
「これで煮炊きする」
と言い出した。
Gちゃんの危機管理のイメージは、炭こそ緊急時のお助けグッズ、なんである。
「火事出すといけないから炭はやめなよ」
「へっ、でえじょぶだあ」
大丈夫なものか。見えない上に歩けない。いざというときに、近所に声かけもできない、ノミハートなのに。
そのくせ、次には配食サービスそのものを断ってしまうという変な行動に出た。
サービス会社から報せがあったので
「継続してください、食事を届けたときに、Gちゃんが要らないと言って文句を言っても置いてきてください」
とお願いした。
サービスなしでは一日として保たないGちゃんである。
翌日には、自分が配食サービスを断ったことをGちゃんは忘れてしまったらしく、べつだん文句を言うでもなく、素直に受け取って食べていたから、それはそれでまあ、良かったが。
頼むから静かにしてくれ……
って、本のタイトルではないが、そう言いたい日々が続いた。
朝から晩まで、誰かしらがそばにいて、生活に必要なあれこれを、くまなく面倒見なければ生きていけない、Gちゃんはそういう時期にさしかかっていたんである。
本人は「自分ひとりでなんでもやれている」と思っているので、そこを壊してはいけない。
峡谷にかけ渡された紙糸の上を濡れ足で歩くような暮らしだった。
そうした中で、私はなじみの電器屋さんに連絡し、G宅のテレビの地デジ化に踏み切った。
工事翌日、早くも
「テレビがつかねえ」
リモコンのボタンをやみくもに押して、元へ戻せなくなったりしたが、急いで駆けつけて画面を出して見せ
「この設定から変えないようにね。変えていいのはチャンネルだけだよ」
なんとか乗り越えて、次には、ジャングル状態の庭の整理に取りかかった。
Gちゃんの庭にはドラム缶が埋まっている。
20数年前、非常用食料と、炭などを詰めて、自分で一メートルほどの穴を掘り、埋めたドラム缶である。
年月を経てドラム缶は腐食し、穴が開いて内部に水が入り込み、炭は濡れていて、食品も食べられる状態ではなくなり、はっきりいって「巨大なゴミため」になっていた。
ゴミためは、アノ虫のかっこうの巣であり、内部にたまった水は夏場、蚊の発生源となる。
庭はもう……庭ではなくなっていて、三畳程度の狭い範囲ながら、背丈を超える雑草が密生し、放り出した鉢植えが散乱し、鉢底から根を伸ばして、へんな具合に繁茂しており、トカゲはともかくとして、蛇もムカデもハチもいて、危険きわまりない状態だった。
しかもGちゃんがさきの冬に、Bちゃんのお気に入りだったクチナシの木を、棒っ杭並にごっそりと寸胴刈りした上に、選定枝をそのまま放り投げてあった。
さすがにガーデニング好きの私にも手が出せなくなっていたんである。
造園業者さんにお願いして、不要品処理も込みで、庭木の剪定、百を超える古い鉢の処分と、ボーボーの雑草の処理及び処分を決行した。
庭の作業の当日、業者さんより少し遅れていくと
「さっき、こーんな太い蛇がいてツチノコかと思いましたよ」
職人さんが笑った。
「ツチノコなら写真撮ってブログに載せたい」
私も笑った。
そのあとツチノコもどきの蛇は二度と姿を見せなかった。ちょっと残念である。
次章 最終戦 幻覚の夏 へ続く
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