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ドリカムのライブで大号泣して1時間で帰った話。

7月に、家族3人でドリカムのライブに行きました。
私にとっては4年ぶりのライブ。そこで自分でも引くぐらい大号泣してしまったんです。

「夢は叶う」彼らのメッセージに支えられた人生

過去のnoteでもお話したように、わりと飽き性なので長年追いかけているものは少ないし、音楽もあまり聴かないのですが、ドリカムだけは別です。

実は小学生の頃からファンで、中学生の頃からライブに通っています。

子供ながら、素敵な曲だなと思ったのももちろんですが、メディアやライブで彼らの生き様やサクセスストーリーを見聞きするなかで、どんどんファンになっていきました。
当時、明確な夢はなかったのですが、「DREAMS COME TRUE(夢はかなう)」というバンド名と、それを体現していく姿に「前向きに理想を追い求めれば夢は叶うんだ」と憧れをもったのです。

大人になってからは、彼らの音楽や発信するメッセージに、それはもうめちゃくちゃ支えられました。

夢を叶えたり、何かを成し遂げるまでってめっちゃしんどいんですよね。

上手くいかないこともあるし、誰かに拒絶されることもある。
その苦しさを乗り越える支えになっていたのが、彼らが発する、ひたむきに頑張れば夢は叶うというメッセージでした。
(そんなメッセージが込められた「何度でも」と「MIDDLE OF NOWHERE」という楽曲がとくに好きです。ぜひ聴いて欲しい。)

吉田美和さんも大好き。彼女の存在やエネルギーにいつもパワーをもらっています。
だから、ドリカムの曲は音楽だけ聴くよりも、彼女の姿も観られるライブやライブ映像の方が好きです。

そんなわけで、ドリカムのライブDVDはもう何度も観ているし、中学生の頃から大阪でライブが開催されたら毎回のように通っています。

過去のライブチケット。大切に思い出ボックスの中にしまっています。

ライブは音楽を聴きに行くというよりも、吉田美和さんのパワーを浴びに行く、という表現が近いかもしれない。
「ありがたや~」と神様を詣でて拝むような気持ちです。
これが推しというものなのだろうか。

コロナと子育てで離れたドリカム

でも、コロナになってから最近まで、彼らの音楽に触れる機会が無かったんですよね。

娘が生まれたことが大きかったんだと思います。
子育てをしていたらライブDVDはまとまって見る時間なんて取れないし、娘の前ではスマホを極力触らないようにしているので、スマホでストリーミングの音楽を聴くこともないから新曲を聞く機会もほとんどない。
在宅で仕事するときは歌詞の無い音楽の方が集中できるのでそこでも聴かない。

そうやって自分でも気づかない内に長らくドリカムから遠ざかっていたのですが、先日のライブチケットを「家族で観に行こうよ」夫がプレゼントしてくれたんです。

でも、正直あまり乗り気ではありませんでした。

小さな娘を大音量の環境に連れて行って大丈夫なのだろうか、ぐずったらどうしよう…ゆっくり楽しめるのだろうか…と気に掛けることの方が多かったんですよね。
結局、色々調べて娘には防音のヘッドホンをつけてもらい、ぐずったら帰ることにして、家族三人でライブに向かいました。

で、冒頭です。ライブが始まった途端です。

久々に浴びたドリカムのパワー。いつも勇気づけられてきた吉田美和さんのエネルギー。

そして、コロナ禍前以来のライブの熱気と歓声。
それが、部屋に閉じこもって闇落ちしたあの期間が終わったシンボルのようにも思えて。

いろんな感情がぐちゃぐちゃになって、自分でも感情が溢れるのを止められず、嗚咽まじりに大号泣してしまったんです。

え、こんな泣くの!?と自分でもびっくりしたくらい(笑)

結局、ライブの序盤に歌っていた新曲はほとんど知らなかったし、最初は大人しくしていた娘が「しまじろうが居ない!楽しくない!」と言い出し、50分ほどで退出することになったのですが。
(娘には「コンサートに行く」と伝えていたのですが、そのコンサートが、翌週行く約束をしていた「しまじろうのコンサート」のことだと思っていたようです)

会場のスタッフの方に「再入場できませんが本当にいいんですか!?」と何度も念押しされるほど短い時間しか居られなかったのですが、それでも、一瞬でもあの空間にいられたことに胸がいっぱいで大満足でした。

まだまだ夢の途中の自分にとって、ドリカムはやっぱり欠かせない存在だ。
(そしてコロナの闇落ち期間が自分で思ってたよりも相当辛かったんだなと)

次のライブもきっと行くと思います。やっぱり定期的に吉田美和さまを詣でなくては!

一時間で退席したライブのチケットはリビングに飾っています。握りしめすぎてくちゃくちゃだけれど…


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