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「せっかく勤務弁護士を採用したのに・・・」と思わないための勤務弁護士への業務の依頼方法

今は2022年3月で、ちょうど74期司法修習が終わり新人弁護士が働き始める頃なので、以前の記事の終わりに書きました勤務弁護士への業務の依頼方法について書いてみようと思います。

目的に応じてお願いする業務を分けて考える

勤務弁護士への業務の依頼方法といっても個々の業務をお願いした際の指示の仕方の話ではありません。

今回は、アルシエンで初めて勤務弁護士を採用するパートナーの先生にお伝えしている、勤務弁護士に業務を依頼するときの基本的な考え方ついて書いてみようと思います。

アルシエンでは、初めて勤務弁護士にお願いするパートナーの先生に対して、勤務弁護士にお願いする業務は、その目的に応じて

①自分の時間を浮かすための業務

②自分の売上を増やすための業務

③勤務弁護士の育成のための業務

の3つに分けて考えるとよいのではないかということを話しています。

①自分の時間を浮かすための業務

初めて勤務弁護士を採用したいということは、忙しくて自分の時間がないわけです。

前回お話したように、アルシエンのパートナーの先生方は勤務弁護士に対して、時間的に楽をさせてもらうことを期待しています。
そのため、まず考えるべきことは自分の時間を浮かすことだと考えます。

まずは、自分が行っている業務のうち勤務弁護士にやってもらうことで自分の時間を浮かすことができる業務を切り分けます。
弁護士は専門職といえども意外と労働集約的な部分があるので、自分ではなくてもできるのではないかという業務もあったりします。

移動を伴う業務なのかリサーチ業務なのか起案のドラフトなのか、それは人によってそれぞれだと思いますが、何かあるはずです。それが見付かれば、その業務を勤務弁護士にやってもらうことで、どれだけ自分の時間を浮かすことができるかを考えてみます。

以前の記事の例に沿って、勤務弁護士に月額44万円の報酬を支払い自分のタイムチャージが1時間あたり2万円と仮定すると、自分の時間が1か月で22時間分浮けばとりあえず勤務弁護士に依頼して損はなかったということになります。
そこで、まずは自分の時間を22時間浮かすにはどういう業務を勤務弁護士にお願いすればよいかということを考えてから、依頼する業務を決めるのです。

欠席判決が身込まれる案件の初回期日の出廷や任意売却の決済やリース品引き揚げの立ち会い、その距離なら自分で行っただろうという現地調査など自分の代わりに行ってもらえるだけで助かる業務は多々あります。また、リサーチや起案のドラフトをしてもらえば、自分で一からやるよりかは時間が短縮できるかと思います。

1年目の弁護士といえども、パートナー弁護士の時間を月に22時間分くらい浮かすことは容易にできます。

初めて勤務弁護士を採用した場合、起案や案件の処理的に戦力になるまでには時間も教育的コストもかかります。そのため「せっかく勤務弁護士を採用したのに・・・」と思いがちです。

そうならないためにも、まずは支払ってる報酬分は自分の時間を浮かしてもらうということを考えて、そのための業務をしてもらうようにすれば、パートナー弁護士としても勤務弁護士を採用して損はしていないと精神的にも余裕が生まれます。

また、個人的には、勤務弁護士特に1年目の弁護士にはそのことをしっかりと伝えた方がよいと思っています。

1年目の弁護士は起案を大幅に直されてばかりになることもあります。そのような場合、自分はパートナーの先生に貢献できているのか、自分はお荷物になっていないかと不安に思うこともあるでしょう。

そうような気持ちにならないように、パートナーの時間が浮いていることそれ自体に価値があり、支払ってる報酬分自分の時間を浮かす仕事をお願いするのはパートナーの差配なのだから、入所したばかりでも必ず貢献はできているのだよと伝えるようにしています。

②自分の売上を増やすための業務

①の自分の時間を浮かすための業務により、勤務弁護士に支払ってる報酬に相当する自分の時間は確保できているのであれば理屈上は損はありません。
ただ、勤務弁護士に報酬を払い、確保できた時間を自己研鑽やプライベートに充てていればパートナー弁護士の売上は増えませんので、当然実入りは減ります。

そうなると自分の時間を浮かすだけでなく、直接的に売上が増える仕事を勤務弁護士にしてもらえれば、さらに助かるわけです。

そのためには自分一人では受任を避けていたような案件を月に一つ程度受任し、その案件を勤務弁護士に担当してもらえばよいと思います。

例えばですが、一人では時間が取られる家事調停は受けにくかったという事情があれば家事調停も受任するようにしてみたり(私は家事調停大好きです。)、事前準備が大変で期日対応に時間が取られるからと敬遠していた労働審判を受任すると言ったイメージです。
勤務弁護士に担当してもらう用に法テラス案件を受任してもよいかもしれません。※法テラス案件をしていないので復代理や共同受任が可能かは確認していません。

①自分の時間を浮かすための業務で自分の時間を浮かせて②自分の売上を増やすための業務で少しでも売上が増えていれば、もう勤務弁護士は経営上は立派な戦力です。

③勤務弁護士の育成のための業務

①自分の時間を浮かすための業務だと誰でも弁護士でありさえすればよい業務ですし②自分の売上をあげるための業務だとその先生特有の専門性などは身に付きづらいかもしれないです。

勤務弁護士を職人として育成するためには訴訟、保全、執行などは一通りできるようになってもらいたいですし、それに留まらず困難な事件に頭を悩ませてもらう経験も必要だと思います。

ということで①②とは別に③勤務弁護士を育成するための業務もやってもらう必要があります。

③の勤務弁護士を育成するための業務は育成目的なので質は度外視です。本来、パートナー弁護士が自分でやるべき案件を勤務弁護士にも体験してもらい職人としての質を高めてもらうのです。
この案件は勤務弁護士に頼んでもパートナーの時間は浮きませんし、一から作業するよりも教育に時間をかける分、手間暇や時間はかかります。それなら最初から自分でやった方がよかったよとなることも多いので、そうなるくらいならば同時並行で自分も作業を進めておくこともあります。③の業務は勤務弁護士は全く楽にはなりません。
ただそれは、①②の業務と目的が違うので仕方がない話なのです。①②はパートナーのための業務ですが、③は勤務弁護士を育てるための業務なのですから。
③により勤務弁護士の対応スキルが上がれば将来的には①の自分の時間確保の効率がかなり高くなります。その意味では将来への投資とも言えます。

ただ、対応スキルが上がった勤務弁護士は往々にして独立なりパートナー就任し、採用してくれたパートナー弁護士の仕事をしなくなっていきます。そうなると育成したパートナー弁護士が対応スキルが上がった勤務弁護士の成果を享受できる期間は限られると思います。
せっかく時間もコストもかけて勤務弁護士を育てたのに、結局一人前になった頃には巣立っていってしまう。それが弁護士の常なのではないと思います。

ただ、それはしようがないことだと思います。私たちもそのようにして研修所の教官、修習先の先生やボス弁、兄弁、姉弁に育ててもらい結果として独立しているのです。
ですので、せっかく育てたのに・・とは言いにくい話だと考えています。

業務をお願いする際に目的を告げてみる

このように初めて勤務弁護士を採用して仕事をお願いするときは①②③のどの仕事かを意識して案件をお願いするとよいのではないかと考えています。
また初めのうちは勤務弁護士にも、どの目的の業務かを伝えるというのもよいのではないかと思っています。

例えば、①の業務ですと、これをやってもらえると僕の時間が×時間浮くので助かるとか、ドラフトしてくれたおかげで×時間の手直しで済んだので×時間は浮いたよとかです。
②の業務ですと、今までは余裕がなくて請けられない案件だけど先生が入ってくれたおかげで余裕が生まれたから請けられたよとか。
③の業務ですと、この案件はこういう経験をして欲しいからお願いしている案件だよなどというイメージです。

その業務を依頼することの意味や勤務弁護士に求めていることを伝えると勤務弁護士もなんでこの業務を担当しているかも分かり、モチベーションも保ちやすいのではないかなと思っています。

依頼する業務のバランス

勤務弁護士には色々と経験して欲しいと思うのは親心として当然ですし、パートナーになるならこのくらいは出来ないというレベルがパートナー弁護士と弁護士になったばかりの先生との間で相当程度ギャップがあると言うのもまた事実だと思います。

だからといって早く成長してもらおうと③勤務弁護士の育成のための業務をいっぺんにたくさん依頼してしまうのは禁物だと思います。
それをしてしまうと勤務弁護士はすぐにいっぱいいっぱいになってしまいます。
そうすると①②のパートナー弁護士が楽になるための仕事に差し障りが出てきます。
③の業務はパートナー弁護士が楽になるための仕事ではないので、仕事を頼んでも指導やチェックの時間ばかり取られてしまい、その案件については一から自分でやった方が早いというのとも多く、かえってパートナー弁護士の時間は喰われます。

そうなるとパートナー弁護士も「勤務弁護士に依頼しても全然楽にならない」と言う悪循環になってしまいます。

ということで③勤務弁護士の育成のための業務は一つ一つ出来ることが増えていけば良いというイメージでお願いすることとして、まずは①の業務を着実にこなしてもらい勤務弁護士に支払っている報酬の元を取り、②を少しだけお願いしつつ、③の業務は2〜3年くらいで育成するので①②の業務で実務に慣れてから少しずつ件数を多くしていくというイメージで依頼するのが、パートナー弁護士・勤務弁護士双方にとってよいのではないかと思っています。


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