奈津

麻衣子に彼氏ができた。
P大文学部史学科古代史ゼミのエルサと陰で呼ばれている麻衣子のあんなにデレている姿、親友のわたしでさえ初めて見た。ハンス王子と出会って恋に落ちた夜のアナにも負けないくらいフワフワしている。
麻衣子の恋人はハンス王子じゃなくて27歳の学芸員。古墳マニアの二人の出会いは埴輪づくりのワークショップだったらしい。
もう一人の親友梢とわたしは、その彼に今日会ってきた。早く秀樹に報告したい。

秀樹はわたしの恋人で大学の2年先輩。新幹線で2時間の距離のQ市にある食品メーカーに勤めている。遠距離ももうすぐ一年になる。

もう電話しても大丈夫かな。
スマホを左手で持ってロック画面に設定している実家の猫の写真をボーっと見ていたら振動。表示される「秀樹」の文字。
わっ。
びっくりしたから一回深呼吸して電話に出る。
「もしもし。」
「あー奈津？バレンタインチョコありがとう。
今日食べた。」
そういえばクール便で送ってたんだった。有名ショコラティエの生チョコ。
「ふふ、美味しかったでしょ。わたしも同じの買って食べたよ。」
用件はそれだけじゃないよね、秀樹から電話してきたってことは何かある。
いい知らせ？悪い知らせ？
なんかドキドキしてきた。
「あのさ」
キター！なにー？
「4月からP市勤務になるよ。」
えっうそマジで？
「夏に新しい工場ができるから、そこの立ち上げで。今日正式に内示があった。」
あ、息止めてた。
「っほんと？ほんとに？」
「うん。ホント。
実は年末からその話進んでたんだけど、正式に決まるまでは言わない方がいいかなって内緒にしてたんだ。」
うわーどうしよう！うれしい！
ビールあったっけ。なかったら買ってこなきゃ。

あれ？わたし何か秀樹に報告することあったよね？何だったっけ？