教育業界 激動の年を踏まえ、SAPIXの今後の戦略をうらなう
コロナ影響が最も大きい業界の一つが教育です。今回は、小学生の教育ビジネスの王者であるSAPIXについて、色々な角度から、勝手にw、考えていきたいと思います。
「コロナ後」は、何が変わるのか?
コロナ影響が大きく、今後大きく変わり得る業界について、慎和さんが、まとめてくれています。俯瞰して整理されており、一読の価値あり、かと思います。
これらの影響は、有るか・無いか?で問うと、有る、の回答になるわけですが、どの程度あるか?で問うと、ちゃんと分析しないといけません。地域や年代、業界等でその影響の度合いは大きく異なります。
もし、経営や事業の戦略を立案する人ならば、影響の度合いを正しく見立てないといけません。コロナ前の経営戦略はコロナ後には通用しない、等の文言を目にしますが、曖昧な言葉で、曖昧な思考で止めてはいけません。
慎和さんの引用は、大きなトレンドとして、よく捉えていると思います。これらのトレンドの内、どの業界でも前提として押さえないといけないこともあれば、とある業界ではあまり考えなくてよいし、とある業界では強く考えないといけないこととに分かれていくと思います。
教育業界 激動の年に
さて、教育業界についてです。先の9つの視点の一つでもあります。まず、こちらを引用しておきましょう。慶応大学環境情報学部(SFC)の新入生、在学生への学部長 脇田 玲氏のメッセージ。
家にいろ。
自分と大切な人の命を守れ。
SFCの教員はオンラインで最高の授業をする。
シンプルな文章に大事なことが詰まっていて、良いメッセージです。
しかし、このようなメッセージと、オンラインでの最高の授業は多くの大学や教育機関ではできません。昔から、この領域で最先端であったSFCだからこそ出せるメッセージですし、自信だと思います。
今もまだ結論は出ていないですが、対面か?オンラインか?の二択について、ニュースが流れています。普通に考えると、対面でできないのだから、対面でできない期間はオンラインにするしかないではないか、と思うところですが、そもそものインフラや先生のITリテラシー、オンライン授業の質の担保等が課題としてあることが背景と推察されます。
とはいえ、時間は過ぎていくので、私たちは環境に適応していくしかありません。適応し始めたのが、これまで対面を大事にしてきた、学習塾、です。
圧倒的な王者であるSAPIXは、今後も安泰か?
私の息子はSAPIXに通っていますが、中学受験で圧倒的な合格実績をたたき出しているのがSAPIXです。SAPIXは、対面授業を重視したポジションをとり、4月の外出自粛期間は、youtubeで動画を配信して、代替していましたが、5月からは一部オンライン授業を取り入れます。
背景としては、対面であるが故の授業料に対して、テキストと動画だけでは、保護者の理解を得ることが難しい。加えて、競合の早稲田アカデミーが、この環境変化を機会として、オンライン授業を前面に打ち出していることにあるでしょう。
外出自粛、そして、with コロナ、と言われる不透明な環境下で、王者SAPIXとて、座して待っているわけにはいかなかった、ということです。
さて、SAPIXは、このような環境変化がある中で、今後も安泰なのか?という問いについて、まずポジションをとってみますが、私は、SAPIXは、中学受験については今後も安泰である、と考えています。
理由としては、「中学受験」がキーです。中学受験は、親の受験ともいわれるように、まだ自我が確立していない小学生を、親がうまくナビゲートすることで、合格校のグレードや合否が分かれ、その相方が学習塾です。
学習塾には、テキスト(スケジュールも含めた)、テスト、生徒、で構成されていますが、SAPIXは、この三点セットが鉄壁です。ここにあるのは、テキストやテストの質というハード面もあるのですが、学習塾に集まる生徒間の友情や競争、そして先生のあの手この手のコミュニケーションのソフト面が定期的にある点も大きいと思います。
これらが揃っているSAPIXを辞めることは、リスクが高い。加えて、辞める代わりに何をするか?にもよるのですが、多くの代替オプションは、親としては、非効率になってしまうものと考えています。
イノベーションのジレンマと、SAPIX
一方で、いまの環境は、よく言う、イノベーションのジレンマ、と考えることができます。イノベーションのジレンマについて、wikipediaで引用するとこのように書かれています。
大企業にとって、新興の事業や技術は、小さく魅力なく映るだけでなく、カニバリズムによって既存の事業を破壊する可能性がある。また、既存の商品が優れた特色を持つがゆえに、その特色を改良することのみに目を奪われ、顧客の別の需要に目が届かない。そのため、大企業は、新興市場への参入が遅れる傾向にある。その結果、既存の商品より劣るが新たな特色を持つ商品を売り出し始めた新興企業に、大きく後れを取ってしまうのである。
大企業がSAPIXであり、それに対して、ネットのオンデマンド授業に特化する企業が、イノベーターです。
元々は、エレクトロニクス業界のハードウェアの事例について定量的に分析されて唱えられた話ですが、旅行業界では、10年以上前にあった話で、旅行業界のJTBとじゃらんや楽天トラベル等を例にすると、いまの教育業界に近くてわかりやすいと思います。
対面で顧客にカスタマイズしたサービス提供の方がネットによるサービス提供よりも優れていると考えられていましたが、対面は固定費がかかりすぎ、スケールもしにくいのに対して、ネットは固定費が薄く、広告宣伝費の投下で安価にスケールがしやすいことにより、形勢が変わりました(検索や口コミなどのカスタマー行動自体も大きく変容したこと等も一因ですが)。
教育業界でも、イノベーターが、SAPIXを倒そうと画策していると思いますが、どのようなことを考えているのでしょうか?
SAPIX攻略の勝手案
ということで、所謂イノベーター側のポジションに立って、勝手に考えてみましたw。イノベーターは、オンデマンド授業の提供企業、とします。例えば、RISUです。(早稲田アカデミーは、SAPIXと同じビジネスモデルなので、イノベーターからは外れます。)
イノベーションのジレンマのケースがそうですが、いきなり王者を倒すことはできません。強みとする技術やビジネスモデルのウリが、刺さるセグメントでシェアを獲り、キャッシュフローを回す中で、異なるセグメントのシェアも獲れるような取組みをアドオンしていって拡大していき、最終的に逆転します。
まず、"いま"、世の中にあるオンデマンド授業の特徴は何か?の整理です。
(1)いつでも、授業を受けられる
(2)家で、授業を受けられる
(3)自分のペースで、授業を受けられる(どんどん先取りできる)
(4)苦手を克服しやすい(出来・不出来の定量化と(1)とで)
(5)通う時間が無くなり、通塾時間をカットできる
生徒目線でざっくり書き出すとこんな感じです。一方、親目線でざっくり書き出すと、こんな感じです。
(6)送り向かいがないので、自分(親)の時間をカットできる
(7)子どもの通塾がないので、子供が危険にさらされる心配がなくなる
(8)同一教科を前提とすると、対面の塾よりも安価
以上はプラスな項目を書きましたが、マイナスな項目としては、こんな感じです。
(9)勉強するかしないかが子供次第なので、ちゃんと勉強するか不透明
(10)オンライン授業だけだと楽しくない、孤独
(11)自分のレベルが相対的にわからないので、外部のテスト受講が必要
これらのプラス・マイナスを考えた時、どのような子供・親に相性が良いか?が見えてきます。
(A)勉強が好きなコ
(B)親が忙しい家庭
(C)対面の塾の出費が厳しい家庭
ユーザー獲得の対象は、これらのご家庭です。それぞれで、キーとなるコピーは変わりますが、コミュニケーション戦略としては、三つのポイントに集中していきます。CM等は難しいですが(勝負にでることもありですが)、webマーケやポップアップ等のコミュニケーション等では、(A)~(C)でコミュニケーションを一貫してやるべきですし、(A)~(C)の中でも優先順位付けをするべきです。
ユーザー達が何を目的として、当該サービスを利用するか?も考えることが必要です。小学生で対外支出を許容する、ということを考えた時、中学受験の合格実績が重要であり、訴求が必要です。現状のオンデマンド授業のサービスは、学習の満足度や継続率を謳っていて、これ自体間違ってはいないのですが、弱い。恐らく、中学受験の合格実績のデータをとっていないから、合格実績を謳えないのだと思いますが、アンケートなり何なりでちゃんとおさえにいきましょう、ということです。
加えて、とあるオンデマンド授業のサービスでどんどん自分のペースで解いていくことで、相対的にどのようなポジションにいるのか?どの中学に受かりそうか?ということも、データとして提示しないと厳しいです。これらも、時点でのアンケートをとったり、小6だと実データから相関をとるなどして工夫ができると思います。
この二点を踏まえると、(A)~(C)の優先順位付けとしては、(A)が一番優位だと思います。小学生で塾等を利用する目的はあくまで中学受験であるとおくならば、まず優秀な人を抑えることで、合格実績やサービスのポジションを上げ、シャワー効果により、(B)や(C)のユーザーを獲得する難度が下がるからです。
ただ、当面は、当該サービスのみの利用をしてもらうことは難しいと思います。今の時点で、SAPIXを辞めてまで、そのサービスに集中するのは、やはりリスクが高いと思う家庭が多いと思うからです。
そういう意味で、入り方としては、まずSAPIXとの併用が基本です。その上で(A)でちゃんと合格実績を積み上げていき、合格実績を少なからず謳える状態になり、次に(B)や(C)のユーザーを単独で獲得する、ということが可能になると思います。
(あくまで、本思考の展開は、SAPIXを倒すことを目標にしており、そこを基点としたアプローチです。前述した通り、学校休校に対して、安価な授業料によって、塾に行っていないユーザーを獲得していると推測されるため、そのセグメントを活かす方法もあると思います。そうすると、恐らくSAPIXを利用し始める学年が高学年化していく等の傾向がでると思います。)
以上を踏まえると、サービス利用と受験のリードタイムや、改善による合格実績の増加、を考えた時、(A)で目立った実績を上げるのに3-5年(早稲田アカデミーの"SPICA"の例も鑑み)かかり、その上で(B)や(C)をしっかりと刈り取る(一部平行して可能だが)ことを考えると、SAPIXを脅かすには、5-7年くらいはかかるのではないか、と思います。
もっと短期化できないか?という問いについては、少し厳しいかなと思います。中学受験のビジネスなので、合格実績などの主なKPIが年次で動き、大きなユーザーが動き、プロモーションを大きく投下できるのも年次だと思うからです。少し長いな、とも思いますが、王者が1年とか2年とかでいきなり崩れ落ちることはないと思います。大きな環境変化はありますが、SAPIXに対するユーザーの強度を考えると、そこまで一気にユーザーは動きません。ただ、4-5年経過した時には、かなり焦らすことは可能かもしれないと思います。
"いま"、SAPIXは何をするべきか?
さて、ポジションをもう一度SAPIXに戻します。外部環境変化とイノベーターが出現してくる中で、いま、SAPIXは何をするべきか?という問いについて、考えようと思います。大きく、二つあると思います。
一つは、SAPIXは王者ですから、やはり王者としての打ち手をとるべきです。要は、フルラインアップ展開であり、同質化です。対面だけに絞るのはリスクが高いです。つまり、オンデマンド授業に”も”取り組む、ということです。
今でも「ピグマキッズくらぶ」という通信教育をSAPIXが展開しているのですが、そのことを知っている人は少ないと思います。私の理解だと、低学年を対象として、学習習慣をつけるための位置づけであり、そこから、SAPIXの対面授業にアップセルすることを目的としていると思いますが、一方で、アップセルされずに使い続けてテストだけをするユーザーもいると思いますが、それだと、一人あたり授業料は安価に抑えられ、デフレになってしまうので、SAPIXはうれしくありません。だから、SAPIXはそこまでプロモーションを踏んでいないですし、SAPIXのブランドもつけていません。
同様に、オンデマンド授業についても、SAPIXとは異なるブランドで展開し、イノベーターとなり得る新興企業にぶつけるべきです。目的は、競合となる新興企業をつぶすことです。
イノベーションのジレンマが良く起きてしまうのは、新興企業が新しい技術やビジネスモデルで、とあるセグメントに参入した時に、王者は気づいても、時点では市場も小さく、王者にとっては所謂新規事業になるので利益率も悪く無視してしまうことで、新興企業のキャッシュフローが回ってしまうことです。キャッシュフローが回ってしまうがために、他のセグメントに進出・拡大することが可能になってしまいます。だから、注意に値する競合が出てきたときには、同質化してぶつけることで、その新興企業を特異な存在のままにせず、キャッシュフローを回らないようにすることが非常に重要です。キャッシュフローが回らないと、最初に進出したセグメントでじり貧になり、新しい取組みをすることも新しいセグメントに進出することもできなくなるのです。
いまのいま、小学校が休校している中で、安価なサービスであるオンデマンド授業をさせる家庭は多いものと思いますし、イノベーターは機会と捉えて攻めています。恐らく、SAPIXには、オンデマンド授業をするような能力はないですし、異なるビジネスモデルで経営する能力もないので、早い所、そのような企業を買収するべきです。
(ちなみに、これは、非常に難しいことを書いています。トヨタ自動車が、車を売っている一方で、サブスクリプションサービスであるKINTOも展開していることに近いですが、異なるビジネスモデルの併用は、デフレを起こし、現状の財務の根幹を揺るがす可能性があり、中長期の見立てが大事になります。)
もう一つは、非対面サービスの充実です。私としては、小学生の場合、授業を対面ですることには、前述の通り、多くの生徒にとって、意味があり重要であると考えており、コアバリューとして変えないで良いと思います。
一方で、生徒の質疑応答や、親の保護者会や入試説明会等は対面でやる必要は全くありません。親はSAPIXが理不尽と考えることもあり、離脱理由の一つになり得ますし、生徒も時間を有効活用した方が受験に有利になるわけなので、より効率的なオペレーションは好都合ですが、今は、全くできていません。いまオンライン授業を試行していますが、外出自粛が終わった後も、ちゃんと学びを活かしてもらいたいと思います。
なお、二つの打ち手に共通することですが、前提として、現状を数字で正しく理解し続けた方が良いです。
一つ目の打ち手の前提ですが、マーケットについて解像度高く理解し続けることが必要です。マーケットとユーザーの属性別(所得や働き状況、クラス、地域、等)に、塾やオンデマンド授業の利用状況(サービス名と、その利用・併用・非利用、等)について、定期的に定量分析すると、セグメントによって、併用率の増加傾向やオンデマンド授業の単独利用率の増加傾向等が如実に出てくると思います。入塾テストの受験者数等は普通にとっていると思いますが、その数字の増減で安心してはいけないと思います。その数値に影響が出ているときには、マーケットの変化はかなり進んでいて、手遅れになる可能性が高いです。セグメント別の変化を感度高く捉え、その背景を速く分析し、必要に応じて、打ち手を繰り出していく必要があります。
また、ユーザーのSAPIXの満足度についても定量的に把握するべきです。驚くのですが、私の認識だと、ユーザーの声を集めることをしていません。合格実績を上げることや、勉強ノウハウ(合格体験記等は勿論あります)を共有すること等には、とても力を注いでいて参考になることも多いのですが、ユーザーは何に満足し、何に満足していないか?の分析をしていないと思います。これも、イノベーションのジレンマである話ですが、自社のサービスに自信を持ち、いままでの成功体験を磨き込むこと自体は良いのですが、それだけではなく、ユーザーの離脱の可能性を減らす、競合が付け込む隙を与えないために、顧客が満足する様にサービスを磨き込んでいくべきです。これは、二つ目の打ち手の前提となります。
おわりに
少し長くなりました(汗。色々な角度から書いてきましたが、私としては、当面SAPIXの一強は変わらないと思います。少なくとも、私の子供が中学受験をするまでは。
元々私もSAPIXの前身であるTAPに通っていたこともあり、SAPIXには愛着もあるので、是非、この環境変化を機会として捉えて、より多くの家庭にとって、さらにより良いサービスに進化して頂きたいと思います。
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