或る地獄の一日
赤鬼「やあ 青鬼さんおはようございます。」
青鬼「これは赤鬼さん おはようございます。今日もお元気そうで何よりです。」
赤「いやいや近頃は仕事がきつくてたまりませんよ。」
青「いや 全くです。我々鬼の数は昔から増えぬのに、来る奴は増える一方ですからね。」
赤「それにしても最近来る奴はちょっとおかしいですよ。」
青「そういえば、昨日の奴なんかまだ子供なのに人殺しの札をつけていましたからこちらが驚いてしまいました。」
赤「ええ私も最近子供が多くなったのには驚かされます。一体地上はどうなってしまったんでしょうね。」
青「許されるなら地上でこそ仕事をしてみたい。」
赤「昔みたいにですか。」
青「今度仏様にお願いしてみようかな。」
赤「できるなら私も一緒に・・・・・」
突然ゴーンと大きな鐘の音が鳴り、ギギっと音を立てて門が開いた。ぞろぞろと亡者が入ってくる。
青「ああ来た。」
赤「仕事とはいえ気が滅入るなあ。」
青「たまにはいい奴が来ないかなあ。」
赤「いい奴ならここにゃ来ないって。」
青「ああそうか。」
亡者ども、鬼を見て逃げようとするが門からは続々と亡者が来るので押し出されるようにやってくる。先頭では少しでも後ろに行こうとして噛みつき合い殴り合いの大騒動となる。
青「こらやめないか。人を押しのけてまで助かろうとするような根性だからこんなところへ来たんじゃないか。まだわからんのか。」
亡者どもますます混乱。
赤「言っても無駄ですよ。こいつら悪いことをすると天罰が下るという昔から信じられてきた信仰が無い。」
青「お寺は何をしてるんだ。坊さんがサボってるんだろう。」
赤「そんな坊主が来ていたら頭の皮を剥いでやるんだが。」
鬼二匹共だんだん殺気だって来る。その様子を見て亡者ども狂乱の態を示してくる。
赤「さてそろそろ取り掛かるか。」
赤鬼が亡者の群れの中から一人をむずと掴み上げて首にかけた札を読み上げる。
赤「何々喧嘩で人を殺してしまったのかお前は。」
亡者は青白い顔で舌のない口をパクパクさせて何か言わんとしている。
青「大王様が舌を抜いてくださるおかげでいちいち言い訳を聞かないで済むのは大助かりだ。」
赤「どうせ激情に駆られてやってしまったんだろう。そんな顔だ。」
青「さてこいつはどうしたものかね。」
赤「よしその人を殴った手をもぎ取ってしまおう。」
赤鬼はむずと亡者の手を掴み気合いもろとも引きちぎってしまう。亡者は死ぬことができないので引きちぎられた手の痛みを気の遠くなるような長い時間味わわなければならない。青鬼が跳ね回って苦しむ亡者をひょいと掴み後ろの川に投げ込む。川は逆巻く勢いで次の地獄へと続いている。
赤「こうなるとわかっていたら、たとえ殺されても殴り返しはしなかっただろうに。」
青「よし次の奴だ。」
青鬼がまた亡者の群れからひょいと女をつまみあげる。
青「こいつは自分を騙した男を刺し殺したんだ。」
赤「よくある話だ。」
青「男も悪いんだがね。」
赤「しかし殺したのは良くなかったな。」
青「そうだ。誰にもそんな資格はないはずだ。」
赤「どうしよう。」
青「そうだね。男に執着した心が悪かったんだから、心臓をとってしまおう。」
青鬼むずと亡者の胸に指を差し込んで心臓をえぐり取り、亡者と共に後ろの川へ投げ込む。
青「こういうのは、なるべく来てほしくないんだがな。」
赤「全くだ。」
鬼二匹共少し気が沈んでしまう。
青「辛い仕事だな。」
赤「誰かがやらなきゃいかんしなあ。」
青「俺だって仏様がこの世を良くする力の半分は地獄にあると仰らなければ引き受けたりしなかったんだが。」
赤「まったく人間て奴はロクでもないからなあ。」
鬼二匹共亡者の群れを見やり、納得する。
青「さて急いで片付けよう。」
赤鬼また亡者をつまみ上げる。
赤「こいつは許せん。」
青「どうした。」
赤鬼ブルブルと亡者をつまむ手が震え出し、目が赤く血走ってくる。青鬼札を読み上げる。
「何、金を儲けるために大勢の人を殺したって。とんでもない奴だ。」
赤「貴様のような奴のためにこそ地獄はある。たんと味わうが良い。」
赤鬼と青鬼二匹して手足を千切り目をえぐり背骨を折って丸めてしまう。亡者はそうなっても死ぬことはできない。苦悶のために気絶することもできずどこまでも苦しみが高まっていく。赤鬼は丸めた亡者を足で踏みつけてから川へ投げつける。亡者は沈んで川底を石と共に下って行かねばならない。
青「金のために人を殺すとは何て醜い奴だ。」
赤「俺は心底腹が立ったぞ。」
周りの亡者共もことの成り行きの凄まじさに震えるばかり。青鬼は辺りを見渡し、先ほどから人の後ろに隠れようともがいていた亡者をつまみだす。
青「貴様、悪事をなしたるにつけても意気地の無い奴。先に片付けてやる。」
亡者どうしたわけか舌を抜かれていない。
亡者の男「どうかお助けを。私は人殺しではありません。」
赤「貴様は嘘はつかなかったようだ。して罪状はなんだ。」
亡者の男「犬、犬です。人じゃありません。犬を殺したんです。」
赤鬼、青鬼共に不意に黙る。亡者の男は助かると思ってか声を張り上げて
「ほんの気まぐれだったんです。石を投げつけて遊んでいたら死んでしまったんです。それだけです。どうか助けてください。」
赤鬼は両足で大地を踏みしめて手を握りしめると目をつぶった。
赤「我ら鬼族は生前畜生に生まれしが人の為に尽くしたとて、御仏の御慈悲によりて神格を与えられ、地獄の務めを果たさんとする者なり。ここに居る青鬼も我も前世は犬なり。畜生の身なれど人の為に身を挺して命の限りを尽くししを御仏の認めたまうによって・・・・」
赤鬼言葉続かず、両目に血の涙たまりて地に落つ。
青「人、その欲深きによりて人を殺めしは、まだ許されしこともあらめ。さりとて欲にもよらずただ戯れにその命を奪うとは・・・」
亡者の男もはや語るべき言葉つまりてただ地に伏すのみ。赤鬼も青鬼も怒りのあまり、もはやなすべきワザ無き体にて立ち尽くしたる。亡者の男、それを見て逃げんとして群れの中に逃げこめり。
赤「もはや許さじ。人とも思わず。」
赤鬼片端から亡者の群れをひっつかみ、口にくわえて引きちぎり後ろの川へ投げ入れたり。青鬼も掴んでは叩きつけ、足で踏みにじっては丸めて又叩きつけし。
「あの世の地獄と言ふとても、悪しき人のおらざれば、さほどのものとは成らざらまし。」とは後に赤鬼が言ひしとか。
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