見出し画像

情報としての英語から、思考のための英語へ:『NPR Throughline』を聴く

高校生のとき通っていた高田馬場にある英語塾のK先生は、授業の合間に色々と持論を披露をしてくれるタイプの先生だった。そのうちの1つで覚えているのが「英語はやればできるようになるんだ。だから、入試だけじゃなく、入社試験でも英語が課されたりする。努力した程度を確かめているんだ」といったことを言っていた。そんなものなのかなぁと思っていたが、高校時代は一向に英語の成績がよくなることも、得意だと思うようになることもなかった。そして、予定どおり浪人生になった。

浪人生になって、一時期、アメリカの大学を目指すんだと英語ばかり勉強していた時期があった。夏休みが終わる頃、それも挫折したのだけれど、さすがに留学に必要な英語試験の勉強を続けていたので、それなりに英語ができるようになった。高校生の時に、英単語と英熟語だけは覚える訓練をしていた成果が実を結んだのかもしれない。K先生の言った通りだった。

その後、東京の大学に入り、留学もして、英語で新しい知識を得たり、英語で友人もつくり、仕事でも時どき使うようになった。仕事で使うのは、主に「通訳・翻訳」や「情報源」としてだ。最も使うのは「検索」だ。日本語の検索だけでも膨大な情報に触れることができるが、気になるキーワードを英語でも検索すると、より詳細なものだったり、参考になるものだったり、違ったタイプの情報に出会える。

ビジネスの世界などでは、まだまだ新しい概念や手法が「時間差」で輸入されるケースも多いので、英語である程度読めるだけで、トレンドを先読みすることができる。場合によっては、それがそのまま仕事になったりもする。ざんぎり頭の時代の名残とも言えるが、トレンドは知らないよりも、知っている方が良い。少なくとも変な美辞麗句に騙されなくなる。

例えば、ビジネス分野でも健康分野でも、流行りかけの怪しいカタカナ語を見かけたら、ひとまず英語で検索してみることを勧めたい。英語は全くダメだ、という方には機械翻訳がある。定義やちょっとした背景を確認するだけで良い。すると、「〇〇で話題」とか「〇〇で高評価」というのが、どのくらいの程度の装飾なのかを確かめることができる。(Wikipediaでも、日本語と英語では全く別物のページが現れたりする)

やや皮肉っぽい表現になってしまったが、良くも悪くも自分にとっての英語は、情報を探るためのツールだ。それはそれで価値のあることだし、面白い。しかし、時間や言葉、文化の隔たりを首尾よくアービトラージしているだけという感覚がなくもない。

だが最近、英語を通じて「ちょっとした情報」以上のものに触れられる機会が増え、楽しみになっている。上質のポッドキャスト番組である。

ポッドキャスト番組は色々ある。色々聴こうとして挫折したことがあるので、今はできる限り聴く番組を絞っている。日本語のものを2、3番組。英語のものが、2番組ほどのお気に入りのみだ。

英語の番組の1つは、NPR(米国国立パブリックラジオ)の「Throughline」だ。きっちり企画編集され、1時間番組として仕立てられている。こうなるともう、ちょっとした情報やおしゃべりではなく、「思考」がギュッと詰め込まれた作品である。イヤホンをして番組をスタートさせると、歩いていても、自転車をこいでいても、その時間が「思考」に触れる時間に様変わりする。

Throughlineは、歴史番組だ。毎回、あるトピックに関する歴史がまとめられている。工夫を凝らした音響やナレーション、構成が普通に超秀逸なのだが、何よりも、そのトピックの選び方が良い。最近聴いた内容でざっと思い出した順に並べると、世界大恐慌、オリンピック、アフガニスタン、ハロウィーン、アステカ帝国、アラブの春といった具合だ。お気づきになったかもしれないが、微妙に時事ネタとリンクしていたりする。

例えば、今年の7月にアップされたオリンピックの特集は、東京オリンピックの話には全く触れず、近代オリンピックの歴史を深堀りしていく。オリンピックの商業主義の歴史的経緯が詳しくレポートされる中で、オリンピック史上、唯一成功したコロラド州デンバー市の反対運動が紹介されたり、1980年代に会長となったサマランチ会長がフランコ独裁政権の元で40年以上も働いていた事実が紹介される。全く知らなかったオリンピックの歴史を知ることになった。オリンピックを見る視座もすっかり変わってしまった。

また、アフガニスタンの特集も良い出来だった。パキスタンやロシア、インド、アメリカなどとの関係と思惑の中で、タリバンがどのように生まれたのかの経緯も面白かったが、それよりもかつてのアフガニスタンの文化の豊かさを特集した番組が印象的だった。長いの歴史の中で、交易の中心であり、多文化が出会う場であり、希少鉱物の産出地域だったアフガニスタンは多くの国が勃興する豊かな土地で、豊かな文化が花開いた土地だったそうだ。ムスリム世界では超重要の詩人とされるルミもアフガニスタンの北部出身であるように、アフガニスタンは詩と音楽であふれる土地だった。あるいは、1920年代に先進的な女王がいて、女子学校を作ったという歴史も衝撃的だった。全て知らないことばかりで、アフガニスタンという言葉からイメージしていたステレオタイプを180度ひっくり返された。

歴史を知ったからといって、現実が変わるわけではない。事実、東京オリンピックは開催され、カブールはタリバンに制圧された。それでも、歴史を知ることで、今起きていることへの理解に、大きな変化をもたらされることは確かだ。もう、同じ目でオリンピックやアフガニスタンを考えることはできない。新たな未来や可能性を考えるヒントも与えてくれる。歴史を知ることがとても前向きな行為だということを、Throughlineの番組は教えてくれる。

ところで、Throughlineとはどういう意味なのだろう?なんとなくの語感はつかんでいたつもりだったが、本当の意味は知らない。検索してみると、ロシアの演出家、スタニフラフスキーが使い始めた演劇用語からきているらしいことがわかる。1つの演劇や映画などを貫くテーマのことを言うそうだ。作品の背骨みたいなものだろうか。つまり、この番組には、歴史を知ることで現在や未来に続くテーマを示したいという思いが込められているのだろう。人類の営みのThroughlineを描いているのだ。

そして、英語との付き合い方に戻って考えるなら、Throughlineは、英語を「ちょっとした情報」を得るためでなく、「思考」を深めるために使うべきだ、と考え方を改めさせられるくらいのインパクトを与えてくれた番組だ。

もっと言えば、英語だとか日本語だとかに関係なく、どのように情報や思考と触れていくのかという態度の問題につながっている。Throughlineのように、過去と今をつなぐテーマをしっかり示すことができれば、「ちょっとした情報」が「思考」に変化していく。自分でもそんな態度で物事に接していきたいと思うし、そんな表現ができたらもっと良い。やや重い宿題をもらってしまった気分だが、しっかり取り組むべき宿題だと感じている。

引き続き、楽しく番組を聴き続けていこうと思う。宿題は難敵だが、楽しみがついてくる宿題なのがせめてもの救いだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?