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現役時代、唯一の夜行列車もどきの乗務

僕が所属していた運輸区は、ローカル線から通勤路線まで比較的幅広いものの、夜行列車の乗務担当はしておらず、担当がある運輸区がちょっと面白そうだな~と思っていたりもした。しかし、今回はひょんなことから夜行列車もどきを担当することになったお話である。

夏のある日のことだ。この日の仕事は夕方の特急乗務で1往復すれば終わり。夜9時半ごろには終了なので、体力的には比較的楽な仕事だった。
往路。ちょっと怪しい雲行きだな…と感じていたら、列車無線が忙しいようす。僕の乗務する列車をまるで追いかけるかのように、大雨による列車抑止が掛けられていたのだ。

この年の東海地方はゲリラ豪雨が頻発しており、日中はピーカンの天気であっても夕方になると積乱雲が発達し、ゲリラ雨で運転見合わせになることが多かったため、ああ…またいつものヤツか。まあ帰りの特急に乗務する頃には収まっているだろうな。と楽観的に考えていた。

結局こちらは一切遅れることなく到着。帰りの特急までの間合いで食事休憩だ。同僚の仲間と、向こうはなんか凄い雨だったみたいだねえなどと、雑談。情報ではまだ運転再開の見込みは立っていないらしい。帰りの特急、大丈夫かな?

雨雲レーダーを見てみると、猛烈な雨雲…いわゆる真っ赤なゾーンがこれから向かう沿線に覆いかぶさっている。いわゆる線状降水帯というやつが発生しているのだろう。うーん…これは帰りの列車は流石にヤバいかな…
それでも今いるエリアは、そんな騒ぎはどこ吹く風な天候なのが憎たらしい。
残念ながら?乗務予定の列車もここまでは定刻通り走ってきたし、戦地に赴く覚悟を決めて乗務交代だ。

通常通りの放送に加え、現状の運転状況も併せて案内する。快調に山間をかっ飛ばしていくが、いつまでこの快走が続くのだろうか?
と思っていたら、やはりと言っていいか、次の停車駅に辿り着くことも叶わず、とある無人駅で停止信号のため停車。

しかも、信じられないことにホームのない通過線に止められたのだ。

異常時の場合、原則は駅間に止めることはせず、各駅にて抑止(運転をしばらく見合わせること)するのが原則。駅であれば、万が一の急病対応などがあった場合、迅速に対応できる。また、通過列車であっても一時的にドアを開けてホームに降りてもらい、気分転換してもらったり、自販機や売店でもあれば飲料などを調達してもらうことも場合によっては可能である。
今回、特急列車であったことからトイレの心配はないとはいえ、万が一を考えたらホームのないところでの長時間停車などは勘弁してほしいところだ。

どうも今日の指令は微妙なのだろうか。異常時に運行を指示して正常に戻す役割を持つ指令だが、やはり日によってその判断力・腕には差がある。
今日はちょっとハズレの日なのかもしれないな。

運転見合わせ区間まではまだまだ距離があるはずだが、前に列車が詰まっているのか?他の列車とやり取りする無線のやりとりから、どうも一つ先の駅に、この列車の2時間前に運転しているハズの一本前の特急がまだ停車している模様だ。
幸いそのころ、線内での運転見合わせしていた区間は線路点検が終了次第、順次、最徐行にての運転再開を始めるようだ。
それを受けて前に停車していた特急もまもなく発車する模様で、この列車ももうすぐ動けると連絡が入る。

次の停車駅は直ぐに発車。しかし、この先もダイヤが乱れているので、新幹線乗り継ぎの人は、なかなか難しいかな…最終列車に間に合うかどうか微妙なラインだ。
…と思っていた僕が甘かった。

ふたたび途中駅で抑止を喰らう。
暫く待っても信号が変わる気配がない。
痺れを切らして指令に問い合わせると、間もなく到着する行き違い列車が到着後、発車の予定です!とのこと。
その行き違い列車がやってきたが、まだ発車できる様子ではない。ふと流れる列車接近自動放送。え??と思ったら、後続の普通列車にとうとう追いつかれてしまった。それと同時に指令からの呼び出し。
「〇〇までお越しの方は、普通列車が先着となるため、乗り換えていただくよう案内ください!」
はい??
まさかの普通列車を退避する特急…今では笑い話だが、冗談じゃない。
最初の情報で、もう間もなく運転再開見込みと案内放送をしてしまったじゃないか!
案内放送をして、一旦ドアを開ける。ホント、申し訳ないよ…
車内でのカンヅメに疲れた乗客が数人降りてホームで伸びをするものの、乗り換える人はいないのを確認して、普通列車を見送る。

幸いなのは、車内を巡回しても怒り狂ってくるような人はおらず、質問してくる方も冷静な方が多いのに助けられた。まだローカル線だからよかった。

時折流れてくる情報からすると、もう終点までの間で大雨の影響による運転見合わせは解消されている。しかし、どうやら途中から乗り入れる本線内で列車が滞留しており、直通する特急は各駅で足止めを喰らっている模様だ。
(実際、その後に聞いた情報からも、その予測は正しかった。乗務する線内の退避が可能な各駅に特急が止められ、本線に入ることができない状態が長時間続いたようだ)
せめて特急だけでも優先して通すという考えはないのだろうか?

日付も変わり、もうこうなると諦めの境地。ようやく待ちに待った運転再開の報が届き、暗闇の中を走りだす特急。もはや特急料金も要らないことだし、その当時ほぼ絶滅寸前であった、夜行快速と読んだ方が相応しいのではないだろうか。

この後は長時間の足止めはなく、終点には午前3時、ようやく到着した。
通常なら2時間少々で走るところを、4倍の時間を掛けて辿り着いた。

こんな時でも送らなければいけない乗務日報を送り、自分の職場へ連絡。
淡い期待を込めて
「…で、明日の朝は…?」
と聞くと
「悪いけど、所定で頼むわ!」
と残酷な告知。
寝室に入ることにはもう4時前。風呂に入る時間も惜しんで、1時間少々の睡眠を貪る。
多分、この日の泊まり勤務の一部の人は、同じような目に遭っているんだろうな…
まあ、車掌人生の中で、一番キツイ思い出となった、夜行列車もどきの乗務となった。

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