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一千一秒の片隅(7/10)

月のあくびがうつった話

 月があくびをした 夜更けのずいぶん遅い時間
 月もあくびをするのだなあ と感心しながら眺めていると 自分にもそのあくびがうつってしまった
 自分のあくびの最後には 空気がちりちり音を立てて 火花が飛び散った
 赤く眩い光の中で 月が
「いったい何をやっているんだろう」というような目で じいっとこちらを眺めているのが見えた

星の家具

 夜空の隅っこを切り取って組み上げた 椅子にテーブル 時々きらきらと流れ星が横切って 周囲の景色をほんの少し明るくする
 テーブルで何か書き物をしていても 何の気なしに椅子に座っていても 青白い流れ星が時折 その中を横切る
 一体夜空のどの部分を切り取ったのか 今もそれらと繋がったままなのか分からないことに出逢うたびに 世界の広さのことを考える
 思考はいつしか宇宙まで広がって そこに輝く星々とつながる
 夜の空気の中で微かに稼働する歯車が綺麗に噛み合って 空高くまで連鎖が続いていく
 その時自分は 精巧にできた機械時計の操縦士になったような気分を味わっているのだ

星を看病した話

 夜道を歩いていると つま先に何かが触れた感触がした
 見てみるとそれは一つの弱々しい星だった どうやら疲れ切っている様子で ずっと眺めていても一向に動き出さない
 見かねた自分はそれを家に連れて帰り 看病してやることにした
 そのからだを暖かい布で拭いてやり 暖炉のまえに座らせてやった
 そうしているうちに 徐々に元気を取り戻し 翌朝を迎える前にはもう夜空に戻ることができるくらいには 体調も戻っていた
 別れの瞬間に煌めいた星屑の放つ光に 自分は思わず見とれてしまった

硝子を作る話

 月光の映る湖の 水面辺りを綺麗にすくい取ってじっくり煮込むと 青白く発光する液体が採れる
 それを今度は濃度が増すように煮詰める 三日三晩そうした後で ソーダ灰と砂を融かしたものに混ぜ合わせる
 すると美しく光る月光ガラスが生まれる 表面をコツコツと叩くと 静かな夜の凛と張り詰めたような けれどどこか温かい空気を思わせるような 繊細な音色が響き渡る
 その音を聞いた草木たちは もう夜がやってきたものだと勘違いをして 大きくあくびをした後で眠りにつく
 優しい月の音色に たとえそれを聴いたのが朝であっても まるで夜が来たのだと思い込んで眠りについてしまう

食べられかけた星の話

 窓辺に置いておいたお菓子のかごの中に やけに光るものがあって不思議がっていると どうやらそれは 窓からこの部屋に迷い込んだ星だったようだ それに気付かないまま 口に含んでしまった街の少年は 驚いてそれを吐き出した
 床にことりと落ちたそれは 驚いたように周囲を見回して(そのように見える動作をして)どこかに逃げていった
 少年いわく 星が逃げる瞬間になにやら声を発していたというので 相当怖かったのだな と少し可哀そうに思った

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