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オオベンケイソウ(花のショートショート)

 最近、同じ勤め先のAさんが持ってきている弁当箱に、やたら桜でんぶがのっかっていることに気付いた。
「そんなに桜でんぶ好きなんですか?」
 コンビニ弁当をつつきながらそんな風に質問すると、
「いや、ちょっと増えすぎちゃって」と何だか少し違和感を感じる返答が帰ってきた。
「増えすぎた……。買いすぎたってことですか? それとも作りすぎたとか」
 でんぶというのは手作りすることができるらしい。ずいぶん前に何かのきっかけで調べたときに知った情報。僕の問いかけに対して、困ったように視線を彷徨わせながら、何と言うべきか思案しているようだった。
「いや、うーん。どういえばいいんだろう。実際に増えすぎちゃったんだよね。見てもらえれば分かるんだけど」

 後日、Aさんが草花を育てている庭にお邪魔することになった。鮮やかな色の花が一面に咲き誇っていて、この手の知識がない僕でも分かるくらい綺麗に手入れされた庭だ。
「ほら、あっち」
 彼女は僕の視線を導くように、庭の片隅を指さした。
「あっ!」僕は思わず声が漏れる。

 そこにあったのは、緑色の茎や葉の先に咲いた、色鮮やかな桜でんぶだった。
「これ、一体どうなってるんですか?」質問せずにはいられない。それに対して帰ってきた言葉は、僕の頭の上に大きな疑問符を浮かべるのには十分すぎるものだった。
「桜でんぶを培養しているんだよ」

 組織培養って知ってる? 植物の身体の一部から、その全てを再生して増やすことのできる技術なんだけど。
 まず、植物の身体の一部に、栄養を与える必要がある。栄養がなければ生長できないからね。普通は寒天で作った”培地”というものに、栄養を混ぜ込んだりするの。で、それに植物体の一部を植える。
 でも私の場合、培地に桜でんぶを使ったのよ。なかなかいいでしょ? 色もかわいいし。
 それから、桜でんぶを咲かせる植物体はどれがいいんだろうと試行錯誤した。結果、ベンケイソウ科の植物がいいのでは? という結論に至った。ベンケイソウの花は、遠目で見たらなんか桜でんぶっぽいから、何だかんだいけるかな、と思って。

 そしたらビンゴ!

 Aさんがいきなり大きな声を出すものだから、僕は思わずびくっとなってしまう。あ、続きどうぞ。と手の動きだけで伝える。
 怪訝そうにしていた彼女は再び口を開いた。

 今、この庭に咲いている桜でんぶを見れば一目瞭然。うまいこといって、こんなに増やすことができたの。もう、一人じゃ処分しきれないほどの量になってきたんだけど。
 だから、とりあえずここのでんぶ全部、一緒に収穫してくれないかな。

 僕が返答をするよりも早く、彼女はすでに準備を済ませていた。手にはカゴ。満面の笑み。
 僕はため息をついて、
「いいですよ」と答えた。

 ***

 小一時間ぐらいかかった。かなりの量のでんぶが集まった。これを布団の中に詰めれば、結構いい感じのふわふわになるのではないだろうか。
「ありがとう。お礼に桜でんぶ御馳走するね」
 その言葉に返答より早く、彼女は部屋の中に入っていった。
 なんだろう。嫌な予感がする。
 桜でんぶを様々な食材に見立てて、桜でんぶづくしにするのでは?
 そんな思考が頭の隅によぎる。
 ごはん茶碗によそった桜でんぶ。ハンバーグのように丸めた桜でんぶ。キャベツのように盛りつけた桜でんぶ。味噌汁に見立てた桜でんぶ。お茶っぽくコップに注がれた桜でんぶ。
 胃袋が桜でんぶに支配されるイメージが頭の中を埋め尽くす。
 しばらくドキドキしながら待っていた。
「はーい、完成ー」
 いよいよ料理が完成したらしい。彼女が近づいてくる足音が聞こえる。
 こうなったらもう行くしかない。どんなに桜でんぶ尽くしでも僕は驚かない。
 やってきた料理を覗き込む。
 ……あれ?
 予想に反して、その料理は桜でんぶしていなかった。
 ちらし寿司だった。いくらの鮮やかなオレンジ。きゅうりの緑。卵の黄色に桜でんぶのピンク。鮮やかな色とおいしそうなにおい。
 思わずお腹がぎゅるると鳴る。
「いやー、ごめんね。桜でんぶって言って思いつくのがちらし寿司ぐらいしかなくて。もっと別のものも作れればよかったんだけど」
「い、いえ。全然そんなこと」
「じゃ、今からよそうからちょっと待って」
 彼女はそう言って、食器を持ってきて盛りつけを始めた。
 その姿を見ながら、今自分の頬は桜でんぶみたいな色に染まっているかもしれない、と思った。

 今回はオオベンケイソウという名前の花をモチーフにしました~。
 写真を眺めていたら、
「あ、これは桜でんぶだな」という直感がありまして。その流れのまま書いてみました。
 子どもの頃、桜でんぶが大好きで朝食で、めちゃくちゃ食べていたのを思い出します。
 当時、これは一体何から作られているんだろう、とずっと不思議に思っていました。
 今になって、あれは魚を原料にしてたんだなと分かるようになりましたが、その時の僕はもう、なんだこれは! なんだこれは! と思いながら食べていました。いい思い出です。
 昔はご飯の代わりに桜でんぶだけでもいいかも、と思っていましたが、そんな食生活を毎日続けたらとんでもないことになりそうなので
やらなくて本当によかったです。
 仮にやったとしても、途中で絶対きつくなるだろうなと思います。
 桜でんぶは適量が一番ですね。それでは(^ω^)
                              たけなが

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