見出し画像

【過去問】ストックオプション(給与所得・譲渡所得)

1.問題

 Aは、平成20年から上場会社であるC株式会社(以下「C社」という。)の取締役を務めており、C社から毎年2100万円の報酬の支払を受けている。Aは、平成25年4月1日、C社から、次の内容のC社株式に係る新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)を取得した。

・Aに付与された本件新株予約権の個数は100個である。
・本件新株予約権1個につき目的となる株式の数は100株である。
・本件新株予約権が行使できる期間は、平成26年4月1日から令和6年3月31日までである。
・Aは、本件新株予約権1個の行使に当たり、C社に5万円を払い込む。
・本件新株予約権の譲渡・質入れ等は禁止されている。

 また、Aは、その所有する土地上に甲建物を所有していた。Aは、甲建物について、平成20年12月16日、個人Bとの間で、賃貸借契約の期間を同日から平成22年12月15日までの2年間とする賃貸借契約を締結した。その後、AとBは、賃料を月額20万円として2年ごとに同賃貸借契約の更新を繰り返し、その間、Bは甲建物内で小料理屋を営んでいた。
 Aは、老朽化した甲建物を取り壊して、その土地上に新たに賃貸用アパートを建築することを計画した。そこで、Aは、令和2年2月1日、Bに対し、同年12月15日をもって契約更新をしないことを告げた上で、立ち退きのための交渉を開始した。その結果、AとBは、同年8月1日、以下のとおりの内容で合意して、合意書を取り交わした。

① AとBは、甲建物の賃貸借契約を更新せず、令和2年12月15日をもって契約期間が終了することを確認する。
② Bは、Aに対し、令和2年12月15日限り、甲建物を明け渡す。
③ Aは、Bに対し、Bが②の明渡しを行うことを条件として、令和2年12月15日限り、解決金として300万円を支払う。

 なお、Bは、Aに対し、当初、じゅう器や食材の廃棄による損失や転居費用及び新たに店舗を借りるための敷金などの名目で、立退料として400万円程度を要求していた。しかし、Bが立ち退き交渉以前から高齢のため令和2年中に廃業しようと周囲に漏らしていたことがAの知るところとなり、最終的に、特に内訳を定めることなく、円満に退去する解決金として300万円という額で合意するに至った(以下この金員を「本件解決金」という。)。
 その後、Bは、合意書のとおり令和2年12月15日までに甲建物から退去して甲建物を明け渡した。また、Aは、同日、Bに対して本件解決金300万円を交付した。
 Aは、甲建物の取壊し費用及び賃貸用アパートの建築費用を調達するため、C社の新株予約権を行使して取得した株式を売却して、これに充てることとした。そこで、Aは、令和3年2月1日、行使に際し500万円を払い込んで、本件新株予約権100個を行使し、C社株式1万株を取得した。
 そして、Aは、上昇傾向にあったC社株式の相場価格の推移を見守った上で、令和4年1月20日、取得したC社株式1万株をその時点における相場価格である1株当たり1800円で適法に売却するとともに、証券会社に対して株式売買手数料20万円を支払った。
 なお、C社株式の相場価格の推移は、以下のとおりである。

平成25年4月1日 1000円
平成26年4月1日 1200円
令和3年2月1日 1500円
令和4年1月20日 1800円

 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。ただし、租税特別措置法の適用は考えなくてよい。

〔設 問〕
1⑴ 令和3年分のAの総所得金額について、その根拠規定及び適用関係を具体的に示して説明しなさい。ただし、問題文中に掲げたもの以外に、Aの収入はないものとする。
⑵ 令和4年分のAの総所得金額について、その根拠規定及び適用関係を具体的に示して説明しなさい。たがし、問題文中に掲げたもの以外に、Aの収入はないものとする。

(参照条文)所得税法施行令
(譲渡制限付株式の価額等)
第84条
1 (略)
2 (略)
3 発行法人から次の各号に掲げる権利で当該権利の譲渡についての制限その他特別の条件が付されているものを与えられた場合(株主等として与えられた場合(当該発行法人の他の株主等に損害を及ぼすおそれがないと認められる場合に限る。)を除く。)における当該権利に係る法第36条第2項の価額は、当該権利の行使により取得した株式のその行使の日(中略)における価額から次の各号に掲げる権利の区分に応じ当該各号に定める金額を控除した金額による。
一 (略)
二 会社法第238条第2項(募集事項の決定)の決議(同法第239条第1項(募集事項の決定の委任)の決議による委任に基づく同項に規定する募集事項の決定及び同法第240条第1項(公開会社における募集事項の決定の特則)の規定による取締役会の決議を含む。)に基づき発行された新株予約権(当該新株予約権を引き受ける者に特に有利な条件若しくは金額であることとされるもの又は役務の提供その他の行為による対価の全部若しくは一部であることとされるものに限る。) 当該新株予約権の行使に係る当該新株予約権の取得価額にその行使に際し払い込むべき額を加算した金額
三 (略)

(司法試験令和5年第1問設問1)

2.出題趣旨

設問1は、小問⑴、⑵ともに、新株予約権に関する所得の課税方法を踏まえた上で、総所得金額を具体的に考えさせる問題である。所得分類を踏まえた上で、各所得の所得金額及び総所得金額がどのように算出されるのかについて、総所得金額の意義や規定を正しく理解していることが求められる。給与所得控除の規定の存在やその趣旨については、受験者によく理解されていると思われるが、本問では、その規定がどのように適用されるかを具体的に理解しているかどうかを問うている。また、新株予約権に関しては、最判平成17年1月25日民集59巻 1号64頁を踏まえて、新株予約権の権利行使益に係る課税タイミングと所得分類の検討、特に権利行使時と株式譲渡時の課税が整合的に理解されているかという点が重要である。

3.採点実感等

 本問は、新株予約権に関する所得の課税方法を踏まえた、総所得金額の算定についての全般的な理解(設問1)、具体的な事例を踏まえた非課税所得該当性及び所得区分(設問2⑴)並びに国税通則法の基本的知識(設問2⑵)について問うものである。
<設問1>
 設問1は、⑴では令和3年分、⑵では令和4年分のAの総所得金額を問うている。総所得金額の意義は、所得税法第22条第2項に規定されている。その算出のためには、各種所得の金額の計算が必要であるが、所得控除の適用は要しない。この点を適切に理解していない答案が散見された。
 いわゆるストックオプションである新株予約権の権利行使益に係る課税時期と所得分類については、権利行使時における給与所得課税とした最判平成17年1月25日民集59巻1号64頁があり、それを踏まえた上で、総所得金額の意義を踏まえて、各所得金額の計算を求めた問題であったが、想定していたよりも理解が不十分と思われる答案が多かった。これは比較的著名な判例であるが、そもそも当該判例を知らないと思われる答案が半数程度を占めた。同判例と異なる結論を採る答案が全く評価されないわけではないが、確立した判例がある以上、判例と異なる考えを採る場合には、その判例に言及した上で説得的に自説を述べる必要がある。

 この論点に関しては、所得税法適用の基本として、第23条以下の規定に基づき所得分類を検討し、第36条の規定に基づいて収入金額の計上時期を検討しなければならない。この点、前者の所得分類に関しては、当該新株予約権がC社から取得したものである以上、その結論がどうなるかはともかくとして、給与所得該当性の検討は欠かせないはずである。また、後者の収入金額の計上時期については、検討が不十分である答案が多かった。
 加えて、この問題に関しては、新株予約権の行使時及び株式譲渡時という二つの時点にとらわれずに、取引全体を見て課税関係を考えるという観点が求められる。Aは、令和3年2月1日に、500万円を払い込んで、本件新株予約権100個を行使し、C社株式1万株を取得している。そして、Aは、令和4年1月20日に、同株式を1株当たり1800円で売却し、対価として1 800万円を得ている。そうすると、Aは全体として1300万円の利益を得ていることとなるので、これがいつ、どのように課税されるかが問題とされるはずである。もし、答案において、課税される金額の合計額が1300万円(あるいは株式売買手数料20万円を控除した1280万円)と一致しなかったときは、それが正しいのか、どうしてそうなってしまうのかを再考すべきである。実際、この金額が一致しない答案が少なくなかった。また、譲渡所得における取得費とは、原則的に、当該資産の取得時における時価ではない(そうなる場合もあるが、それは例外である。)。確かに譲渡所得の性格は、いわゆる資産のキャピタルゲインであるが、実定法上の取得費は、原則として、所得税法第38条により定まる。これは譲渡所得課税の基礎であるが、未だに浸透していないようである。また、判例(最判平成4年7月14日民集46巻5号492頁)により資産の取得に要した金額に含まれるとされる付随費用と、譲渡に要した費用(譲渡費用)とを混同している答案も散見された。

 設問1⑴に関しては、役員報酬に加えて、新株予約権の権利行使益の所得分類につき、その根拠も含めて説得的に論じられている答案については、「優秀」又は「良好」と評価され、その中で権利行使益の課税時期について触れ、給与所得控除についても正しく理解されている答案は「優秀」と評価された。新株予約権の権利行使益の所得分類の理解が不十分又は説得的ではない答案は「一応の水準」又は「不良」と評価され、役員報酬が給与所得であることも看過している答案は「不良」と評価された。
 ⑵に関しては、譲渡所得について問う問題は過年度においても出題しているが、その際の採点実感でも指摘しているとおり、所得税法第33条に書かれているとおりに計算できるか、前提として同条の用語を理解できているかという点で差がついた。もっとも、これらについてはおおむね理解が浸透してきたところであり、逆にこれらが理解できていない、あるいは不正確である答案は、「一応の水準」「不良」と評価された。所得税法第22条第2項、第33条を正確に理解して丁寧に論じている答案は「優秀」と評価された。
 なお、設問1⑴及び⑵を通じて、Aが役員報酬として毎年度2100万円の支払を受けているという事実や、AB間の甲建物賃貸借契約が令和2年中に終了している事実を看過した答案が見られたが、実務家登用試験であり、問題文から事実を丁寧に拾い上げることが必要である。

4.解答例

設問1⑴について
1.Aは、令和3年度に、新株予約権を行使し、C社株式を取得し、権利行使益を得ている。これは、AがC社の取締役としての職務遂行の対価として得た権利行使益である。このため、Aが従属的かつ非独立的な立場で受け取った対価と認められ、給与所得(所得税法28条)に区分されるべきである(判例に結論において同旨)。
2.この点、権利行使益に係る収入金額が問題となる。金銭以外の経済的利益である権利行使益も収入金額となる(同法36条1項かっこ書き)。権利行使益の収入金額は、1500万円(時価1500円のC社株式を1万株取得した利益)から新株予約権の行使にあたって払い込んだ500万円を控除した1000万円となる(同条2項、同法施行令84条2号)。
3.Aは令和3年度もC社の取締役として2100万円の報酬を得ており、これも従属的かつ非独立的な立場で、取締役としての職務遂行の対価として受け取ったため、給与所得に区分されると考える。
4.そして、給与所得控除として195万円が控除されるため、3100万円から同額を控除した2905万円が、給与所得の金額となる(同法28条2項、3項5号)。
5.以上により、令和3年度にAは他に所得がないので、同年分の総所得金額は2905万円となる(同法22条1項、2項)。

設問1⑵について
1.Aは、令和4年度にC社株式を譲渡し、収入を得ている。まず、C社株式の譲渡による収入は「資産の譲渡」(同法33条1項)にあたり譲渡所得に区分される。なお、これは同条2項1号または2号に該当しない。
2.この点、C社株式の譲渡による収入金額は1800万円である。
 そして、Aは、C社株式の「取得に要した金額」(同法38条1項)は1500万円と考える。なぜなら、前述のとおり権利行使益の収入金額1500万円に対して給与所得を課税されており、それより低い価額とすると譲渡所得として二重に課税されるからである。
 また、C株式を売却するためにAは20万円を支払っており、これは「資産の譲渡に要した費用」(同法33条3項)にあたる。
 このため、1800万円からこれら取得費と譲渡費用を控除した280万円から、特別控除額50万円を控除した230万円が譲渡所得の金額となる(同条3項、4項)。なお、AはC社株式を取得した日以後5年以内に売却しているため、平準化措置の適用を受けない(同法22条2項2号)。
3.また、Aは令和3年度もC社の取締役として2100万円の報酬を得ており、これも従属的かつ非独立的な立場で、取締役としての職務遂行の対価として受け取ったため、給与所得に区分されると考える。そして、給与所得控除として195万円が控除されるため、1905万円が、給与所得の金額となる(同法28条2項、3項5号)。
4.したがって、令和4分のAの総所得金額は2135万円となる(同条22条1項、2項)。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 ケースブック租税法では、「6.株式を用いた報酬」(ケースブック租税法〔第6版〕235頁)において、ストックオプションについて議論が紹介されている。フリンジベネフィットの一種として議論されており、経済的利益の対象は(取得した株式という現物給付ではなく)権利行使益である。このため、解答例の作成にあたっては、権利行使益という経済的利益を得ているということを最初からはっきりとさせた。最初考えていたとき、C社株式の現物給付と捉えるべきなのか、わからなくなってしまったが、ケースブック租税法を復習し、議論状況を理解することができた。平準化措置の適用をうけることのできる、一時所得であるとの主張も存在したのだが、給与所得であるという考え方で判例が固まっているのであるから、一時所得という見解には触れないでもよいと思った。あとは、所得税法28条に従って計算処理をした。初見では、2100万円の報酬を見逃した。採点実感を読んでいて気づいた。なお、令和2年で甲建物関係のやりとりはすべて終わっていると読めたので、令和3年と4年は、取締役の報酬に集中してほしいというのが題意なのではないかと思った。
 譲渡所得については、取得費が、給与所得の収入金額と一致しないとおかしいという話が指摘されているが、その理由を明確に書いたものはみあたらなかった。採点実感では、課税対象となる収入金額が1280万円と一致しないときは考察しなければならないと示唆されているので、はっきりと二重課税を避けるために、取得費を1500万円としたと答えてみた。あとは、譲渡所得の計算方法としてこれまで勉強してきたことを踏まえて、記載してみたところである。予備校から公表された参考答案がみあたらないので自信はないが、考えてみて、よい復習になった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?