王様と動物 #2
2.
それからも、過酷な労働の日々は続きました。昼夜とも休むことなくおこなわれた労働の結果、建物はその立派なたたずまいをあらわにしてきました。王様はとても満足そうな顔をして、屋敷の完成を今か今かと待ちわびていました。
しかし、労働者たちの疲労はとっくに限界を超えていたのです。年配の者や体力のない者から順に、ひとり、またひとりと倒れていきました。過酷な労働に耐えられなくなった者たちのなかには、脱走をくわだてる者もいました。もちろん、王様がそのような輩を見逃すはずもありません。ひとり残らずひっ捕らえると、彼らが乞う赦しもまったく無視して、厳しい体罰をくわえたうえ、つぎからつぎへと醜い動物たちに変えていったのです。
それまで順調に進んできた屋敷の建設でしたが、だんだんと雲ゆきがあやしくなってきました。それもそのはず、貴重な労働者の数は以前よりもずっと減っていたのです。そのぶん、残った労働者たちにかかる負担は大きくなり、以前の倍の労働量を強いられるようになりました。残った者たちが必死になって働くのも、醜い動物に変えられたくないという、その恐怖心のためだけでした。けれども、過度な無理がきくわけもなく、体力に自信のあった労働者たちのなかからも、倒れたり逃げ出す者が出てきました。そのため、屋敷の完成は日に日に遅れが目立つようになってきたのです。王様は苛立ちました。我慢しきれなくなって、はげしい叱責や体罰をくわえますが、裏目にしかでません。作業効率が元の状態にもどることは、もはやありませんでした。
王様の怒りは頂点に達しました。そしてその怒りの矛先は、とうとう側近や家来にまで向けられるようになりました。
「こうなってしまったのはお前たちがやつらをきちんと管理しなかったからだ。屋敷の完成までもうわずかなのだ。こうなったら、やつらのぶんまでお前たちが働け!」
側近や家来たちはしぶしぶ王様に従いました。逆らえばおそろしい結果を招くことがわかっていたからです。当然、従わないものや怠けるものには問答無用に罰を与えました。そして、どうにかこうにか、無事に屋敷を完成させることができました。
屋敷が完成した翌晩、王様は盛大な完成披露パーティを催しました。
来訪者には王様と懇意にしている近隣国の身分の高い者たちばかりが呼ばれました。豪華な食事がふるまわれ、きらびやかな装飾がほどこされた大広間で、愉快な音楽とともに、一晩じゅう飲めや歌えやの騒ぎがくり広げられました。
「いやはや、ずいぶんと立派な邸宅ができあがりましたな」
友人のひとりである招待客にそう言われたとき、王様はとても満足そうに、「なになに、ひとえに私の手腕と人望のたまものですよ」と、鼻高々に答えました。このような王様への賛辞が混じった会話は、パーティがお開きになるまで飽くことなく繰り返され、王様はすっかり有頂天になりました。
パーティは何事もなく盛況におわり、来訪者たちが帰路につくのを見届けた王様は、後片付けをすべて家来たちにまかせ、自分は寝室へと一直線に向かいました。そしてそのまま、やすらかな眠りについたのです。
夜もどっぷり更けたころでした。王様は、どこからか妙な物音がするのに気がついて目を覚ましました。体を起こして部屋の中を見渡してみましたが、部屋は暗闇のなかでしんと静まりかえっています。物音はどこか別の場所から聞こえてくるようでした。廊下へ出てみると、その音はより明瞭に響いてきました。家来たちがパーティの後片付けをしているのかとも思いましたが、それにしては話し声ひとつせず、物音はかすかに、なにか忍んでいるかのように聞こえるのでした。その物音の正体が気になってしかたのない王様は、おそるおそる廊下を進んで物音のするほうへと向かいました。
厨房の前まで来ると、奥のほうから物音が聞こえます。
「誰かいるのか?」王様は震える声を喉の奥からしぼり出しましたが、反応はありませんでした。
王様は手近にあるランプに火をともしました。厨房のなかはうっすらと淡いともし火の光に照らされて、おぼろげな影を浮かび上がらせます。その奥に、なにやらうごめく影のかたまりが見えました。とうとう犯人の姿をとらえたぞ! と王様はいきりたって影のほうへとすっ飛んでいきました。
そこはゴミ溜め場でした。先刻のパーティでふるまわれた食材の余りや食べ残しが、山のように積まれてはくずれ、床の上に散らばっていたのです。不審な影は、そのゴミの山にうもれるようにして動いていました。
王様は意を決してゴミの山のほうへと進んで行きました。すると、そこにいたのは一頭の豚だったのです。王様は拍子抜けしたように、ひとつ息を吐きました。そして憎悪のこもった目で豚をにらみつけると、近くの壁に立てかけてあった箒をつかみ取り、その柄の部分で豚をおもいっきり叩きつけました。
「こいつめ、この汚らわしい豚が! どこから入りやがった!」
豚は体じゅういたるところをしたたかに打ちのめされ、のたうちながら逃げまわっていましたが、ついに厨房の外へと走り去っていきました。それでも怒りのおさまらない王様は、逃げる豚を闇の中で追い続けました。どれだけ追いかけたのでしょうか? いつのまにやら屋敷の外に出てしまったようです。そこで立ち止まった王様は、周囲のただならぬ気配に体がこわばりました。
暗闇の中に、あやしく光る一対の光の玉が浮かんでいます。それはゆらゆらとゆらめいて、ときおりぱちぱちと明滅をくりかえしていました。はじめは一対にしか見えなかったその光の玉は、だんだんとその数を増してきました。そして、その光の玉の群れは、徐々にこちらへ近づいてくるように思われました。
つぎの瞬間、王様はきびすを返してはじけたように走り出しました。背後からものすごい音とともに何かが追いかけてきます。そう、あの光の玉の正体は、豚にウサギ、イヌやヒツジ、ゾウやトラといった動物たちの目の光りだったのです。
王様は屋敷のなかへ逃げこみ、とびらを閉めて錠を掛けましたが、怒涛の勢いをもって突っこんできた動物たちにとびらはあっさりと破壊されてしまいました。動物たちは屋敷のなかへとなだれこみ、高級な調度品や大理石の柱などをめちゃくちゃに壊していきました。すさまじい震動と轟音で、ねむっていた家来たちがなにごとかと起きだしてきました。が、屋敷のなかの惨状と数え切れぬほどの動物の群れを見るや否や、みんな一目散に逃げてしまったのです。
いっぽう王様は、屋敷中を逃げまわったあげく、とうとう逃げ場をなくし、二階のベランダへと追い詰められてしまいました。進退きわまったと、王様は観念しました。
「ふん! わかっている、わかっているぞ! お前たちはおれに動物へと姿を変えられてしまった人間たちだろう。くだらん、これで復讐を果たしたつもりか! おれを殺したところで、お前たちは元の姿にはもどらんぞ。お前たちは醜い動物のまま、一生を終えるのだ。そうだ、おれもお前たちも、しょせんは醜い動物という点ではおんなじだ! 本能のおもむくままに生きて、そしてあっけなくほろびてゆくだけの、あわれな生き物だ!」
王様はそう叫ぶと、ベランダから勢いよく飛び降りました。二階とはいっても、とてもおおきな建物でしたから、地上まではそうとうの高さがあります。王様は頭から庭の敷石に激突しました。そしてそのまま、王様は二度と動くことはありませんでした。
さて、そのような騒動が起こったといううわさは、風に乗ってまたたく間に近隣の町や村にまで広がりました。
そこで、うわさの真偽を確かめようと実際に屋敷までおもむいたものたちがいましたが、彼らが語ったところによれば、その場所には確かに屋敷とおぼしき面影はあったものの、辺りにはただ、瓦礫の山のみが散在していたといいます。
しかしそれ以上に不思議なのは、そこにあるものは瓦礫ばかりで、ほかには猫の子一匹の姿も見えなかったことでした。うわさに聞いたあの動物たちはいったいどこへ消えてしまったのか……。だれもが首をかしげて考え込んだのでした。
のちに、屋敷から逃げ去った家来たちも、みんなと同じような疑問を抱いたのでした。
――確かに私たちはたくさんの動物たちが屋敷のなかへとなだれこみ、辺りをめちゃくちゃに破壊してゆく様を見たのです。それに屋敷には主人をふくめ、数人の使用人たちも残っていたはずなのですが、彼らはいったいどこに消えてしまったのでしょうか……。
結局、なにもかもなぞに包まれたまま、時間のみが過ぎ去っていきました。やがて、その事件はまるで夢から覚めたように、人々の記憶から忘れ去られてしまいました。
(おわり)