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夢のゆくえ -銀河鉄道の夜- ⑨


 第九章 鉱山の町

 暗闇の底から脱け出すことができた汽車は、ネズミたちの案内のもと、彼らがはたらいていた鉱山の町をめざして進路をとりました。
 ふしぎなことに、汽車はもうタルカが操作しなくとも、ひとりでに進路を定めて走ってくれました。おかげでタルカとジョバンナも安心して、しばらくゆっくりと休むことができました。
 汽車はなだらかな平地をしばらく走りつづけ、何度かトンネルらしき暗闇を通り抜けると、やがてその鉱山らしき高くそびえる山がみえてきました。そのふもとには、にぎやかな町の明かりがきらきらと瞬いています。
 その町の停車場に到着すると、下車したタルカとジョバンナはネズミたちに案内されて歩き出しました。町のなかは活気にあふれ、さまざまな動物たちと人間がいっしょにまじってせわしく行き来しています。彼らがめざしていたのはたくさんの鉱員たちがたむろする作業場のほうではなく、そこからはだいぶ離れた閑静な住宅地の方角でした。その手前の鉄橋がかかったところで二ひきのネズミたちは立ち止まり、タルカたちのほうをむいて口をひらきました。
「おれたちが女の子と別れたのはここです。その夫婦がどこに住んでいるのか知りませんが、おそらくこの町のどこかに住んでいるのはまちがいないでしょう。なので、おれたちが案内できるのはここまでです」
 と、兄貴分のネズミはもうしわけなさそうに言いました。
「いやまったく、今回の一件でおれたちもすっかり懲りました。もうわるいことは二度としません。これからは地道にはたらいて生きて行こうかとおもっています。ほんとうにすいやせんでした」
 タルカとジョバンナも、いまではもうネズミたちのことをすっかりゆるす気になっていました。もちろん、ネズミたちが行った悪事はゆるされることではありませんが、彼らがいなければあの暗い谷の底から脱出できなかったことも事実です。二人は感謝の言葉をのべ、和解の握手を交わすと、ネズミたちとはそこで別れました。
 それから二人は道行く人々や近所の商店などで妹を引き取ったという夫婦の居所をきいてまわりました。
 すると、その夫婦が住んでいるとおもわれる場所はおもいのほかすんなりとわかりました。
 タルカとジョバンナはさっそくその場所をめざして歩きました。小高い丘につづくゆるやかな坂をのぼり、さらに曲がり角をいくつか曲がると、たくさんの樹木に囲まれた広い庭園がみえてきました。その奥にのほうには、見上げるほど大きな邸宅があります。
 どうやらその夫婦というのはかなり裕福な生活をしているらしく、このあたりでも顔の知れた人物のようです。なるほどそれなら、最近ちいさな女の子を引き取ったということがさまざまな人の口にのぼっていたのも無理はないとおもわれました。
 二人は門をくぐって庭園のなかに入り、家の前までくると、とびらの横にある呼び鈴を鳴らしました。
 しばらくするととびらが開き、きれいな身なりをしたひとりの女の人が出てきました。
 タルカが事情を説明すると、その女の人はちいさくうなずき、「少しお待ちになって」と言ったまま、とびらを閉めて家のなかに入って行きました。二人はまたしばらくのあいだ家の外で待ちました。
 ふたたびとびらが開くと、家のなかからさきほどの女の人と、今度はその夫とみられる男の人が出てきました。そして、その二人にはさまれるようにして、ぬいぐるみを大事そうに抱いているちいさな女の子がいます。それは妹のエマにまちがいありませんでした。エマはわっと泣きだすと、タルカにとびついてきました。
 タルカは夫婦にむかってなんどもお礼とおわびを言いました。女の人はエマをそっとだきしめると、頬にやさしくキスをして離れました。その表情はなんともいえずさみしそうに見え、瞳にはうっすらとなみだがにじんでいたような気がしました。
 なんども頭をさげながらタルカとジョバンナはエマと手をつなぎながらその場から立ち去りました。少し歩いたところでエマが立ち止まり、くるりと振りむいて夫婦のところまで走って行きました。そして、兄に買ってもらったぬいぐるみを女の人にわたすと、またくるりと振りかえり、タルカとジョバンナのところにもどってきました。
「いいの?」と、タルカがたずねました。
「うん」と言ってエマがちいさくなずきました。
 それから三人は停車場をめざして歩きだしました。エマはなんどもちらちらとうしろを振りかえりました。夫婦はとびらの前で三人が遠ざかってゆくのをいつまでも見送っていました。
「あの人たちね、ここでたいせつな人がくるのを待っているんだって」歩きながらエマが言いました。
「そのたいせつな人がね、わたしに背格好とかがそっくりだったんだって。その人もいずれはここにくるだろうから、この場所でずっと待っているんだって言ってた」
 タルカはなにも言えず、口をつぐんだまま歩きつづけていましたが、やがてジョバンナがエマにむかってやさしくいいました。
「あの人たちも、いつかそのたいせつな人と会えるといいわね」
「うん」とエマは言って、ちいさくうなずきました。
「さあ、ぼくたちもそろそろ帰ろう。だれがいちばん先に停車場に着くか競争だ」
 そう言うとタルカはぬけ駆けするように走り出しました。少し遅れて、エマとジョバンナもわらいながら駆け足であとを追いかけました。


 いちばんさきに停車場へたどり着いたのはタルカでした。そのすぐうしろから、ジョバンナがエマの手を引いてやってきました。
 停止している汽車のちかくに、制服姿の男の人が立っています。
 それはまぎれもなくこの汽車の車掌さんでした。
「ながらく不在にして申しわけございませんでした。諸事情により、みなさまの前に姿を現すことが禁じられていたため、ご迷惑をおかけしたことを深く謝罪いたします。ここよりさきの業務はわたくしが引き継ぎますので、乗客のみなさまは安心してご乗車くださいますようおねがいいたします」
 車掌さんは三人の姿をみとめると、そう言ってふかく頭をさげました。そして頭をあげると、つづいて今後の予定をアナウンスしました。
「これより当汽車は『はじまりの駅』へと進路をとります。準備が整いしだい出発いたしますので、乗客のみなさまは座席にお座りになり、しばらくのあいだお待ちください」
 三人はよろこんで後部の客車に乗りこむと、言われたとおり座席にすわって雑談をしながら時間をつぶしていました。やがて定刻になると汽笛の音が構内に鳴りひびき、大量の蒸気をふき出しながら、汽車は停車場を離れてゆきました。





(つづく)