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暗い夜がさわぐころ

 今となっては、このような言い草はたんなる物笑いの種にしかならぬのだろうが、私とは旧知の仲で、親愛なる巡査長はたしかにそのときこう言ったのだった。
「失敗だった。張りめぐらせた網がもうすこしおおきかったならば、結果はちがったものになったかもしれないが‥‥‥」
 私も至極同意である。
 順序がでたらめになってしまったが、そもそもなぜこんなへんぴな町において、このような騒ぎを起こすはめになってしまったのか、まずはそこからはじめなければなるまい。
 今宵は年に一度の「暗夜祭」という祭りの日であった。この日だけは、町の中でいっさいの明かりを灯すことは禁じられている。ふだんなら気にもかけぬ星の光や月の明かりさえもこの夜だけは忌み嫌うほどだから、だれもが神経をとがらせて、あたまを黒いフードで覆ったり、サングラスをかけたりして気をまぎらせたりしている。
 町ぜんたいがこのような感じだから、道を歩くのだけでもひと苦労なわけだ。なにしろ祭りと称するぐらいだから人々は飲めや食えやの大騒ぎ。それにこの暗さではどこでだれが何をしているかなど皆目見当もつかない。
 そのときだった。このあたりを警備していた巡査長が、道端に浮遊する奇怪な光の玉を発見したのだ。それはたゆたう木綿のように行ったり来たり空中を流れている。街の住民がそれを見つけて悲鳴をあげた。
「不届き者!」声をあらげて巡査長は腰のホルスターからピストルを抜くと、二三ぱつ発砲した。けれども銃弾は空を切って通過し、遠くで「ギャッ!」という声が聞こえただけである。
 そのとき不意に、暗闇のどこかから「あれは月だ! 月が化けて地上におりてきやがったんだ!」と叫ぶ声がした。
 するとその声に触発されたか、その光の正体をつきとめてやろうと大勢の人がとびかかっていった。しかし暗闇で視界がきかない中でのこと、とびかかっていったものたちの大半が顔や胸をぶつけただけである。しまいには腹を立てたものたちがひっつかんだりなぐりあったりする始末。もはや収拾がつかない事態……。
 そんな状況を見かねて一声発したのが、他でもない巡査長だった。「諸君、どうかおちついてくれたまえ。このままでは奴さんの思うつぼではないか。ここは一度全員で協力して、あの奇妙な光の奴をとっつかまえてやろう」
 さいわいにもその場にいた全員が巡査長の意見に賛同した。そしてどうすればあの光の玉をとっつかまえることができるか話し合うことにした。
 意見はなかなかまとまらず、時間だけが過ぎてゆく。そんなとき、いったいだれが最初に発案したのかしれないが、ひと抱えもあるほどの網が持ち出され、これでやつを一網打尽にしてやろうと言い出す輩が現れた。あまりいい策とは思えなかったが、他に案も出なかったため、一同は網を広げ、ふたたび光の玉が出現するのを待つことにした。
 ところが待てども待てども光の玉は出現しない。暗闇の中は静まりかえって物音ひとつしない。だれもがあきらめかけたそのとき、目のまえにぼんやりと光る玉が出現した! 全員がいっせいに網を抱えて走り出した。網の中に、たしかに何かが入り込んだような感触があった。光の玉は飛び跳ねたり転がったりしながら激しく抵抗した。しかしとうとう力尽きたのか、死んでしまったようにぴくりとも動かなくなった。
「とうとうつかまえたぞ! やっとおとなしくなりやがった」
「で、けっきょくあの奇妙な光の玉の正体はなんだったんだ?」
「おまえ、たしかめてみろよ」
「おれはえんりょしておく。おまえがたしかめてみろよ」
「いや、おれは……」
 せっかく苦労してつかまえたのに、だれも自分が正体をつきとめてやろうと言い出すものは現れない。そんなときに頼りになるのが我らが巡査長である。彼は迷うことなく網につかまった物体に飛びかかると、それを押さえつけるように覆いかぶさった。
「うわっ! なんだ!」
 巡査長がそううめいたと同時に、そのなぞの物体はみるみる大きくなっていったかと思うと、ぴょん! とひとっ飛びに天高く跳ね上がって見えなくなってしまった。さて、残された一同はあっけにとられて言葉もでない。けっきょくあのなぞの光の正体はわからずじまいのままだ。しかしそのとき、だれかがおおきな声で叫んだ。
「ほらみろ! やっぱりあれは月が化けてでたんだ!」
 その言葉を皮切りに、次々とみんなが声をあげた。
「いや、あれは火星だったんじゃないか? ほんのり赤みを帯びていたぞ」
「ばか言うな、あれは土星だ。飛びたつ間際に輪っかのようなものが見えたぞ」
「うそをつけ。輪っかなんてなかった。たぶんあれは金星だな。まちがいない」
 だれがなんと言おうと、すでに逃げ去ってしまったものを確かめるすべはない。最後に。巡査長がぽつりともらした一言がこのセリフだった。
「これは失敗だった。張りめぐらせた網がもうちょっとおおきかったなら、結果はちがったものになったかもしれないがね」


(おわり)