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虚実混淆週記(15)W大キャンパス野犬事変

 こんにちは、ご無沙汰しておりました。竹生夏です。1ヶ月ほど更新を休んでおりました。いやあ思ったよりも授業課題が多く……7月入るまではけっこう順調にこなせていた気がしたんですがラスト1ヶ月で完全に崩落しましたね。さて、今回は間が1ヶ月も空いてしまった挙句、あったことと言えば授業と課題と晩酌くらいなもので紹介するコンテンツも特に無いものですから、一つ小話でも載せようかと思います。

 思えば早いもので、私が最後に大学のキャンパスを訪れたのはまだ桜の咲いている頃だったでしょうか。あの頃W大では他の大学に先駆けて授業開始の延期やオンライン化、キャンパスの閉鎖などの施策が発表され、サークルの活動も自粛を迫られ、私は随分長い春休みになったけれど、やることも無いし暇だなあ、なんて能天気に考えていました。

 6畳のアパートで昼過ぎに起き出して、だらだらとTwitterを眺めたり映画を観たり、1人で晩飯をかっ喰らいながら酒を飲んで泥のように眠ったり。1日のほとんどを布団の上で過ごすような日々を送っていました。私という人間の、なんと自堕落で怠惰なことでしょう。そして、私がそんな日々を送っている間にも全てのものに対して平等に、時間は流れていくのです。

 全ては変わり果てていました。はじめにそれを見たとき、私は自分がガタゴトと電車に揺られてうたた寝しているうちにタイムスリップして、人間社会の滅亡した遠い未来に降り立ってしまったのかと本気で疑ったくらいです。全ては、遥か遠くマヤやカンボジアの古代遺跡のように、緑に飲み込まれていました。

 私はしばし呆然として、つたの絡んで垣根のように成り果てたW大キャンパスの正門の前に立ち尽くしていました。突然、何かの気配を後方に感じ、背筋がぞくりとして思わず振り返りました。そこには誰もいませんでしたが、何か獣のような匂いを微かに感じました。今思えば何と愚かなのでしょう。私はこの時にW駅へ引き返すべきだったのです。

 サークル棟へ向かう途中でキャンパスの奥の方、カフェテリアや教室棟のある方を見やると、うちっぱなしコンクリートで出来た真四角の無生物的な建物たちは見る影もなくびっしりとつたに覆われて緑色の怪獣のようになり、舗装された通路からはいくつもの灌木が突き出てアスファルトを打ち破り、さながら荒野のようでした。しかし、これらのものはまだ可愛いものでした。私の向かう先には、さらなる惨状が広がっていたのです。

 異変はすぐに起きました。

 私の鼻腔をぷうんとむせかえるような獣の匂いが突き刺したと思うとすぐに彼らは現れました。群れ。ざっと見渡して十数頭の犬の群れ。歯を剥き出し唸るものも居れば、怯えた目をして耳を伏せているものもいた。私はその光景から目を離すことが出来なかった。

 犬だ。何故?どこから?怖い。襲われる。死にたくない。どうすれば?様々な思いが次々に脳裏を駆け巡る。足の震えを必死に抑えながらそろりそろりと後ずさり、彼らの「間合い」から外れたのを感じた瞬間に踵を返して全力で走った。自粛生活により衰弱した私の筋肉と心肺が悲鳴を上げるのにも耳を傾けずに鯛焼き屋の角を曲がってメトロの駅に入るまで走り続けた。

 昨年工事が終わり、それ以来学生たちの憩いの場となっていた緑化スペース、通称「丘」。春まで人工的に抑圧されていた「丘」の野生はキャンパスの閉鎖とともに爆発し、人間社会からの独立を宣言するが如く急激に植物を繁茂させ密林と化した。長い梅雨はメダカや金魚が泳いでいた小さな水路をカムルチーやピラニア、デンキウナギ、アリゲーターガーが泳ぎ回る危険な河川へと変貌させた。芝生の周りに植えられていた木々は競い合うようにその葉を茂らせ太陽の光を遮り、紺碧色、臙脂色をした錦蛇や大蜥蜴がその枝葉を揺らしていた。

 そして突如として都会の只中に出現したこのジャングルの中央にそびえ立つ丘陵の頂点に、どこからか迷い込んだ野犬たちは彼らの王国を築き上げた。「W大キャンパス野犬事変」。もはや人間の領域ではなくなった無法地帯「丘」を中心として多くの学生の運命を巻き込む大潮流をW大にもたらした一連の事件は、後に時代にこう呼ばれることとなった。



この物語はフィクションである。

……が、

数ヶ月後においては定かではない。



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