68章 リウマチ性疾患における細胞内標的薬- JAK阻害薬
Firestein & Kelley's Textbook of Rheumatology, Eleventh Edition
68章 リウマチ性疾患における細胞内標的薬
細胞内標的薬のキーポイント
過去30年の間に、免疫細胞の細胞膜のレセプターにリガンドが結合した後、核へのシグナル伝達を担う主要な経路が解明されてきた。
そのシグナル伝達の主な担い手は、細胞内タンパク質をリン酸化するプロテインキナーゼである。
プロテインキナーゼを阻害する、p38マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)阻害薬やマイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MEK)阻害薬は、経口低分子阻害薬として関節リウマチ(RA)の臨床試験で検討されているが、効果は乏しいかまたはほとんどない。
また脾臓チロシンキナーゼ(SYK)阻害薬は、わずかに効果はあるが、有害事象が大きいためリウマチ性疾患の治療薬としては承認されていない。
血液内科、腫瘍内科の領域では 複数のタンパク質チロシンキナーゼ阻害剤が治療薬として承認されている。
ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害剤は、関節リウマチや乾癬性関節炎の治療薬として開発に成功している。
JAK阻害剤の有効性と安全性は、生物学的製剤とほぼ同等である。ただし、帯状疱疹はJAK阻害薬の方が多い。
ブルトン型チロシンキナーゼ(BTK)阻害剤は、腫瘍学的適応で承認されており、RAとSLEではまだ臨床研究段階である。
アプレミラストなどのホスホジエステラーゼ阻害薬は、乾癬性関節炎やベーチェット病の治療薬として承認されており、皮膚および関節疾患において緩やかな効果が認められている。
つまり、細胞膜の受容体の刺激から、核までにいくシグナル伝達を担うプロテインキナーゼはp38、SYK、BTKなどいろいろあって、そのシグナル伝達をブロックする薬が過去さまざま試みられてきた。
JAKはそのプロテインキナーゼの一種であり、いまJAK阻害薬がこの細胞内標的薬のなかでスターダムをのし上がっている。
はじめに
過去20年間の関節リウマチ(RA)治療の進歩により、患者のQOLは劇的に改善した。
生物学的製剤の登場により60〜70%の患者で症状は顕著に改善し50%の患者で寛解が得られている。
しかし!生物学的療法には限界がある
- 患者の半数以上は活動性の疾患を持ち続け
- 内服ではなく皮下または点滴が必要であり
- 値段も高く、免疫原性を誘発する可能性があるそんな中、細胞内のシグナル伝達の経路を標的とする低分子治療薬が開発された。
ここ10年で様々な特定のキナーゼを標的とする低分子を評価するRA患者を対象とした臨床試験が複数行われた。
臨床試験の大半は、有効性が限定的であったり、副作用が強かったりなどして失敗に終わった。
だが、2012年、ヤヌスキナーゼ(JAK)阻害薬であるトファシチニブが米国と日本でRAの治療薬として承認された。他のJAK阻害薬も次々に承認され、さらに開発中である。
本章では、リウマチ性疾患の潜在的治療薬として評価されている、あるいは現在活発に研究されている様々な分子に焦点を当てる
- プロテインキナーゼは、タンパク質をリン酸化する酵素
- プロテインチロシンキナーゼは、プロテインキナーゼの一種で、特定のアミノ酸残基であるチロシンをリン酸化する酵素
Pearl: タンパク質のリン酸化が細胞シグナルの基本的なメカニズムであり、合計518個のキナーゼが同定されている。
Comment: A total of 518 kinases have been identified, with the majority selectively phosphorylating serine or threonine peptides. Ninety kinases that phosphorylate tyrosine (protein tyrosine kinases [PTKs]) have been identified and play major roles in signal transduction. These PTKs can exist as receptor tyrosine kinases, such as epidermal growth factor and platelet-derived growth factor, but the majority of kinases are found intra-cellular and facilitate signal transduction by interacting with the intracytoplasmic portion of the cell membrane receptor after ligand binding.
・キナーゼのほとんどはセリンまたはスレオニンペプチドを選択的にリン酸化する。
・リウマチの治療のターゲットになるチロシンをリン酸化するキナーゼは90個同定されており、シグナル伝達の主要な役割を果たしている。
・キナーゼの大部分は細胞内に存在している。
・リガンドと受容体の相互作用後の、細胞内のシグナル伝達は経路が複雑で長いため、治療効果を得る特定の標的を同定するのは非常に難しい。
・ある伝達物質を阻害すると、別の経路のシグナル伝達が増幅されることもあり、その場合はシグナル伝達の阻害は不十分になる。
Pearl: イマチニブは治療薬として最初に承認されたチロシンキナーゼ阻害薬である
Comment:Imatinib was the first tyrosine kinase inhibitor approved in oncology for chronic myeloid leukemia and has been highly effective with acceptable toxicity. Subsequently, less selective tyrosine kinase inhibitors have been developed for treatment of hematologic malignancies.
・イマチニブは慢性骨髄性白血病の治療薬です。イマチニブ後、より選択性の低いチロシンキナーゼ阻害薬が血液腫瘍内科の領域で開発されています
Pearl: p38阻害薬であるSCIO-469はRA302人にたいして使用されたが、プラセボ群と比較して、ACR20またはACR50-の反応性に差は認められなかった。
Comment: A 24-week double-blind randomized, placebo-controlled clinical trial (RCT) of SCIO-469 monotherapy, a p38α MAPK inhibitor, was performed in 302 patients with active RA; however, at week 12, no difference was seen between the SCIO-469–treated patients compared with placebo for the American College of Rheumatology (ACR)20 or ACR50 response.
・p38 MAPKは炎症性サイトカイン産生の重要な制御因子である。主要なキナーゼを活性化することにより、TNF、IL-1、IL-6、COX-2、MMPの転写活性化をもたらす。
・しかしp38阻害薬は効かなかった。J Rheumatol. 2011 May;38(5):846-54.
・p38のような下流の分子をブロックしてもダメ、ということらしい。
・これによりより上流のプロテインキナーゼをターゲットにする研究が増えていった
このあと、MEK阻害薬、脾臓チロシンキナーゼ阻害薬のことが書かれているが、リウマチ疾患ではあまり効かなかったため割愛します。
・そういえば、脾臓チロシンキナーゼ阻害薬のホスタマチニブはITPに効果があり、使用され始めています。Br J Haematol 2023
ヤヌスキナーゼ阻害薬(Janus Kinase Inhibitors: JAK阻害薬)
さて、ここでお待ちかねのジャック!
・JAKはプロテインチロシンキナーゼ(PTK)の一種であり、JAK1、JAK2、JAK3、TYK2の4タイプある。
※復習:PTKは、タンパク質のなかの特定のアミノ酸残基であるチロシンをリン酸化する酵素
・JAKは対になってシグナルを伝達する。
・JAKが活性化すると受容体のチロシンリン酸化され、STATが活性化される。
Pearl: JAK3を欠損したヒトは、NK細胞とTリンパ球の欠損を伴う重症複合免疫不全症(SCID)を発症する
Comment: Humans lacking JAK3 develop a severe combined immunodeficiency (SCID), with a deficiency in NK cells and T lymphocytes.
・一番注目されていたのはJAK3です(上図の一番左)。
・JAK3は主に造血細胞に発現し、細胞膜上のIL-2、IL-4、IL-7、IL-9、IL-15、IL-21の受容体に共通のγ鎖から、免疫細胞の核へのシグナル伝達に重要なプロテインキナーゼ
・JAK3はJAK1との組み合わせでのみシグナルを発する。
・これらのサイトカインはリンパ球の活性化、機能、増殖に不可欠である。
・JAK3ノックアウトマウスでは、Tリンパ球、Bリンパ球およびNK細胞に欠損がみられる。
・JAK3を欠損したヒトは、NK細胞とTリンパ球の欠損を伴う重症複合免疫不全症(SCID)を発症する。なんと!人欠損はJAK3のみ。
Pearl: JAK1およびJAK2をノックアウトすると生殖細胞系がやられるため当初は治療標的とは考えられていなかった
Comment: JAK1 and JAK2 were initially not considered as potential therapeutic targets because knocking out these kinases results in germline lethality. However, a JAK1/JAK2 inhibitor, baricitinib, has been approved for RA, and ruxolitinib, which also has selectivity for JAK1/2, has been approved for myelofibrosis and polycythemia vera.
・JAK1やJAK2が欠損すると周産期致死、胎性致死が生じる。だから当初は治療標的とは考えられていなかった。
・しかし、JAK3だけでなく、JAK1、JAK2も阻害すると薬としての効果があった。
・例えば、JAK1/JAK2阻害薬のバリシチニブがRAで承認されている
ルキソリチニブ
・JAK1/2にも選択性のルキソリチニブは骨髄線維症や真性多血症で承認されている。ジャカビですね!
・骨髄線維症はJAK2 V617F変異があり常にJAK2が活性化しているため、そこを抑えると効果がでます。
・ジャカビは最近、慢性活動性EBウイルス感染症の治療薬としても注目されています。
Pearl: ホルモン様サイトカインであるエリスロポエチン、トロンボポエチン、成長ホルモン、GM-CSF、IL-3、IL-5はすべてJAK2を介したシグナル伝達を行う
Comment: Hormone-like cytokines erythropoietin, thrombopoietin, growth hormone, granulocyte-macrophage colony-stimulating factor (GM-CSF), IL-3, and IL-5 all signal through JAK2.
・JAK2阻害の副作用で貧血は有名です。JAK2欠損マウスは貧血で胎児のうちに死ぬようです。人のJAK2欠損は報告されていません。
・ホルモン様サイトカインって、初めて聞きました。
・JAK2を阻害するとホルモン様サイトカインだけでなく、Ⅱ型IFNの細胞内シグナルが阻害されます。
肺線維症とJAK2
・後でJAK阻害薬の選択性の話をしますが、我々が使う薬剤のJAK2阻害効果はそこまで強くなくJAK2阻害はあまり重要ではないようと思っていました。
・ただこれは滝澤先生に教えてもらったのですが、最近肺線維症(IPFI)でJAK2阻害薬が注目されているようです。
・IPFではJAK2が亢進しているとのこと、たしかにIPFとJAK2でググるとたくさんでてきます。JAK2亢進とは骨髄線維症みたいですね。ジャカビ®が効くのでしょうか?
https://respiratory-research.biomedcentral.com/articles/10.1186/s12931-018-0728-9
Pearl: IL-6、IL-10、IL-11、IL-19、IL-20、IL-22、IFN-α、IFN-β、IFN-γはJAK1を介してシグナル伝達を行う。
Comment: IL-6, IL-10, IL-11, IL-19, IL-20, IL-22, and IFN-α, IFN-β, and IFN-γ signal through JAK1.
・JAK1欠損マウスは神経発達の異常により周産期致死になり、かつ免疫異常も呈する。人のJAK1機能異常の疾患は認めない。
・JAK1阻害はRAの治療薬の主役です。IL-6が抑えられるのがポイントです。
Pearl: TYK2阻害剤は、IL12/23活性の阻害による乾癬の経口治療薬として、またIFN-αや他の炎症性サイトカインの阻害による全身性エリテマトーデス(SLE)の治療薬として開発中である
Comment: TYK2 inhibitors are under development as oral therapies for psoriasis due to inhibition of IL12/23 activity, as well as for systemic lupus erythematosus (SLE), due to inhibition of IFN-α and other inflammatory cytokines.
・TYK2はIL-12、IL-23、1型IFNのシグナル伝達を促進する。
・TYK2はJAK1またはJAK2とペアになってシグナル伝達を促進する。
・そして、TYK2阻害剤は、IL12/23活性の阻害による乾癬の経口治療薬として、またIFN-αや他の炎症性サイトカインの阻害による全身性エリテマトーデス(SLE)の治療薬として開発中です。
Pearl: JAK阻害薬はIL-1やTNFのシグナル伝達は阻害しない
Comment: Tofacitinib along with all the other JAK inhibitors do not block IL-1 or TNF signaling.
・ここは大事です。
・これが正しければ、JAK阻害薬はIL-1系の自己炎症性疾患には効かない、ということになります。
・FMFにトファシチニブが効いたよ、という論文にたいする批判的なlettterがある。病態が違うだろうと。
https://academic.oup.com/rheumatology/article/58/5/923/5359501
・というかRAに効くのにTNFは阻害しないんですね。
・JAK阻害薬はtype1IFN、IL12/IL-23、IL2など広く作用するため、自然免疫系と獲得免疫系の橋渡しを制御するイメージです。
JAK阻害薬の選択性
・各薬剤の選択性は以下の通り。
Tofacitinib:JAK1/3 inhibitor
Baricitinib:JAK1/2 inhibitor
Upadacitinib:JAK1 inhibitor
Peficitinib:JAK1/3 inhibitor
Filgotinib:JAK1 inhibitor
・次のグラフはいろんなとこで引用されている文献からで、読んでみるといいでしょう。
・上の段が、半値最大阻害濃度(IC50)逆数で、抑制活性を示します。下段は非抑制活性を示すのだそうです。
・これをみるとJAK1阻害が主役なのが分かります。ペフィシチニブだけがJAK3優位です。
・下段の見かたは
TYK2の影響なしが、トファシチニブ、ペフィシチニブ、ウパダシチニブ
JAK3に影響しないのが、バリシチニブ、フィルゴチニブ
JAK2を抑制しないのがペフィシチニブ。ペフィシチニブ(スマイラフ®)の選択性の強さが際立ちます。
JAK効果の効果を軽くまとめると
・MTX不応例において、アダリムマブと同等以上の有効性あり。
・MTX未使用の早期RA患者において、トファシチニブ、バリシチニブ、ウパダシチニブはMTXよりも優れている。
・そうじてRAに対して、バイオと同等またはそれ以上の効果があります。使い慣れたものを処方すればいいと思います。
・JAK阻害薬の無効例で、他のJAK阻害が反応するかのデータはありません。さらに、バイオと同様にJAK阻害薬の直接比較の試験もありません。
Pearl: JAK阻害剤の副作用は帯状疱疹の発生率が高いことを除けばバイオと同等である
Comment: The type and frequency of AEs are similar to those of biologic DMARDs except for the increased incidence of herpes zoster.
・注意すべき副作用は、日和見感染症、帯状疱疹、消化管穿孔、血栓塞栓症リスクの増加がある。
・JAKiの副作用は、帯状疱疹の発生率が高いことを除けば、生物学的DMARDsと同様である。投与前にシングリクス®はできれば接種したい。
Pearl: トファシチニブのピーク到達は4時間以内、定常状態は1日2回投与では24-48時間以内に達成される
・効果の出現が早いのがJAK阻害薬の特徴です。
・バリシチニブはTmaxは1時間、ウパダシチニブはTmax2-3時間、フィルゴチニブはTmax2-3時間。
Pearl: JAK阻害薬は患者満足度(patient reported outcome)が高い
・そうなんです、HAQスコアはADAよりも優れており、
・身体的要素だけでなく精神的要素の改善も認められます。
そういえば、先日読んだreviewで「IL-6阻害薬とJAK阻害薬は、末梢の炎症を標的とするだけでなく、末梢と中枢の疼痛経路に作用することによって疼痛緩和をもたらす可能性がある。」ってのがありました。ABTなイメージでしたが。
ここで一旦、kelleyの範囲外になりますが、膠原病領域以外で存在感はあるのは、以前から使用されている骨髄増殖性疾患以外では、潰瘍性大腸炎とアトピー性皮膚炎。アトピーに効くと知ったときは、本当に驚きでした。
Pearl: JAK阻害薬はアトピー性皮膚炎に効果がある
2021年のlancetのレビュー
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)00438-4/fulltext
・血液疾患:骨髄増殖性疾患、GVHD
・リウマチ疾患:関節リウマチ、脊椎関節炎、全身性エリテマトーデス
・アトピー性皮膚炎
・炎症性腸疾患:特に潰瘍性大腸炎。
・Ⅰ型インターフェロン病:IFN関連の自己炎症性疾患、STINGに効きそう。これは凄い。
アトピー性皮膚炎について:バリシチニブ、ウパダシチニブ、アブロシチニブが投与可能。まだ長期の安全性が分からないのが懸念材料です。
JAKのつぎはBTK阻害薬、PI3K阻害薬の説明があり、
最後に、ホスホジエステラーゼ阻害薬の説明があります。
Myth: アプレミラストは関節リウマチに効果がある
Reality: Apremilast was evaluated in RA with little efficacy, and development in RA was terminated.
・たしかに全然効いていない。
・ホスホジエステラーゼ’(PDE)阻害薬は、TNF産生の抑制と他の炎症性サイトカインを抑制する、にも関わらずRAには効かない。
・PDEはcAMPをAMPへ分解する酵素であり、cAmPの濃度が低下することで免疫細胞から炎症性サイトカインが亢進する。
・PDE4はマクロファージ、リンパ球、好中球に発現するアイソザイムであり、ここを抑制することでTNF産生を阻害する。
・アプレミラストが効果があるのは、乾癬と、ベーチェット病の口内炎と関節炎です。
・乾癬性関節炎にも効果はあります
・ベーチェット病の口内炎に効くらしいですが、いかんせん値段が高すぎますね。安くなったらもっと使いたい、というのは関節リウマチ同様です。
以上、68章、細胞内標的薬の総論でした。総論はやはり勉強になりますね。心が豊かになった気持ちです。お付き合いありがとうございます。
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