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ドラッグストア従業員の独り言「世間話も普段の態度も信用が大切」

電話応対。

どの職場でも大体経験する仕事で、自分の働くお店も例外ではありません。電話コミュニケーションの難しいところは、声だけで用件を伝えること。これは受けた側も、かけた側も一緒だと思います。

忙しい時間帯、従業員の少ない時間帯だと、なるべくスマートにお答えして会話を終えたいのですが……意思疎通の手段が声だけだと、なかなか難しい部分もあるわけで。

そんな電話応対のむかし話です。


事務所でパソコン作業に手をつけようとしたときに鳴る電話。自分が一番近いので受話器を取ります。

「もしもし。そちらで買った商品のことでお尋ねしたいのですが」

声のトーンやゆっくりした話し方で、おばあちゃんの姿を想像しました。

話の内容は殺虫用のくん煙剤について。初めて使うのでいくつか質問したいとのこと。

容器には説明書が入っているのですが、文字が小さいようなので、ちょっと読みづらいかもしれない。

自分は空いた手で携帯用の端末を操作し、メーカーの商品ページを検索する。正しい情報を調べるなら販売元のサイトへ飛ぶのが一番。大抵は使用方法や注意点などが記載されています。

おばあちゃんの質問に対し正確に答えていく。あらかた答えたところで

「もう一つ聞きたいことがあるんだけどねえ」

今度はお風呂のくん煙剤について。こちらは自分も愛用しているので、調べることなく返答できる。

「私はきれいに見えるんだけど、子どもたちは黒い部分が残っているっていうんだよねえ。歳だから目が悪くなってきてねえ」

この時点でちょっとだけ予感がしました。

「だからお掃除の業者さんを呼んで一回きれいにしてもらおうと思って。前に頼んだ時もすごくきれいにしてもらったから、今回もお願いしようと思うんだけど、今は時期が時期だから人を呼ぶのもちょっと考えちゃうねえ」

自分の心の中には少々焦りが生まれていました。

これは用件が終わった後に徐々にスライドする世間話パターン。実はいま忙しい時間帯であり、実際に自分は何度か売り場に呼び出しを受けている。レジの応援に来てほしい合図なのは明白。

しかしこちらから通話終了を切り出すことはできない。客商売とはそういうもの。あくまでもお客様から電話を切るように、自然な流れで会話を誘導しなければならない。技量が試されるところ。

何度か話題を本線に戻そうと試みるも、脱線した方へ進む会話。

「――だからお正月は寝正月で過ごそうと思ってねえ」

電話を取ってから15分が経過し、内容は三が日の過ごし方になってしまった。本来の質問とはまったく関係していない。どう戻せば……と考えつつ「たしかにゆっくり過ごすのが一番ですね」なんて相槌で弾ませてしまう。

まもなく20分が経過しようとするところで、会話に終了の兆しが見えました。最初の質問内容に戻ったのです。

「こういう商品を使ったことがないから不安でねえ。でもお話が聞けてよかったわ。やっぱり『こうですよ』って答えてくれる声を聞くと安心するの」

お忙しいときに長々と、ありがとうございました。

お褒めのお言葉をいただき電話が終了。自分も受話器を置きました。

おばあちゃんの最期の一言はよく分かります。

書面で「心配いりません」と書かれているのと、誰かから「大丈夫ですよ」と言われるのでは、得られる安心感が違ってくる。人の声にはそういう力が込められていると思います。

よく「この薬は効くの?」という質問を受けます。もちろん理屈では効果があると分かっているのでしょうが、誰か(特に知識のある人物に)に効き目がありますと言ってほしいのだ。背中をぽんと押す感じ。

その役割が、今回はたまたま自分だった。

まあほとんど世間話を聞いていただけですが……その結果「この人の言うことだったら安心感を得られるかも」と思ってもらえる信用につながったなら、会話に興じて良かった。いい仕事ができたのかな。


売り場に戻って呼び出しに応じられなかったことを謝る。みんなレジにいたので、電話応対していたことは知らないからです。

「竹乃子は呼び出しかけたらすぐ来るのに、さっきは全然来なかったから案内でもしてたんだろうなと思った。大丈夫だよ」

ほっ……信用って大事だな。

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