クラフトテープが倫理観をはかる
駅のお手洗いでしっかり手を洗っていると、清掃員の方が入ってくる。クラフトテープ(布テープ)を持っていた。
ビリビリと一定の長さに切るとハンドドライヤー――乾燥機に貼りつける。
なにをしているんだろう? 気になって目を向けていると教えてくれた。
「これねぇ、さっきスイッチが入ってたのよ」
乾燥機は風によってウイルスが舞う可能性があるため、現在は使用禁止にしている場所がほとんど。自分が普段使っているでも稼働停止になって久しい。
「普通の人にスイッチの場所なんて分からないはずなのに、わざわざ探してオンにしたのよ。信じられないわ」
自分も乾燥機の電源なんて意識したことないし、清掃員さんの作業を見て初めて知った。
「衛生上の理由で止めているのにまったく……モラルがないわ。ハンカチくらい持って歩きなさいよってねぇ」
マスクの下でため息をつく。
乾燥機には理由を述べた注意書きが貼ってある。だから稼働していない理由は一目瞭然だ。動かしてはいけない理由も。
「こんなんだから全然落ち着かないのよ。みんながちゃんと自粛を守ればもっと早く収束すると思うんだけど」
そうですねと同意。日々の業務で感じている。
「まったくいつまで続くのかしらね……どうもー」
清掃員さんは隣のお手洗いに向かって行った。またひとりになったお手洗いで、乾燥機を眺める。
以前自分は稼働を願った。日常が戻ってきた証明として。
だけど現状で動いてしまっては日常がまだ遠いこと、倫理観の低下を実証してしまう。望まずして世界はネガティブに進んでいる……嫌だな。
今度はクラフトテープが剥がされないことを願うばかりだ。
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