【昭和講談】田中角栄「テレビ時代を切り拓いた政治家」 最終回(全三回)

 田中角栄が郵政大臣に就任した昭和三十二年頃、放送と言えばラジオの時代でございました。ラジオ受信機は一千万台を超えていたと言われています。

 そこに始まったテレビ放送。
 しかし、当時テレビの台数は約九十万台と言われ、テレビを観られる所と言えば、裕福な家庭、街頭テレビ、駅、喫茶店、レストランとごくごく限定的だった訳です。

 そんな状況の中、国会で田中角栄はテレビ免許許認可の重要性を高らかに訴える訳です。
 「テレビ需要の高まりは明白であります。今後十五年ほどでテレビ受信機はラジオを超えて一千五百万台にはなるでしょう。ですから放送網拡大に向け放送免許交付は不可欠であります」。この先見の明は流石です。

 ところが、テレビの可能性を強く感じていたのは、実は民間の方でございました。
 日本テレビの街頭テレビの影響もあり、市中には、テレビを観たいという一般大衆の渇望が充満しておりましたから、それをビジネスチャンスと感じるのも当然です。
 そこで、テレビ放送の免許を出す郵政省には、全国から出願・申請が押し寄せます。その数、八十六社百五十三局に上ります。
 さあ、郵政大臣田中角栄、この許認可をどう裁くのか。

 昭和三十二年九月二十八日、大臣に就任し三か月ほど経った頃でございます。秘書・側近を大臣室に集めた田中角栄。
「いよいよテレビ放送許認可の本丸に入る。皆、気を引き締めてくれよ」

 これに秘書官筆頭の早坂茂三が応える。
「オヤジ、これは大変な作業ですよ。利権が絡んでるから、相手も簡単に折れないでしょう。どうやって纏めるんですか?」
「どちらかが得をするやり方では恨みを買うよ。テレビは将来、大きな産業になる。その恩恵を皆が得られる様にしてやらんとならんだろう」

 そう告げると、大臣室にいた次官に、申請団体の責任者を庁舎に集める様に指示いたします。

 この一週間後、十月四日の土曜日でございます。
 全国から、申請団体の代表百六十有余名が集まると、郵政省の大会議室はさながら全国文化人大会の有様です。
 申請者にとっては、ここで免許が下りるかどうかの瀬戸際ですから皆真剣でございます。

 そんな中、会議室に入って来た田中角栄。ひと際目を引くその雰囲気に、申請者一同の視線が集まる。三十九歳という若い大臣、一呼吸おいて会議室がざわつきます。
 しかし角栄、そんな雰囲気は物ともせず、
「あー、みなさん。今日はご足労感謝申し上げます。本日からテレビ放送の許認可の審査を始めさせて頂きます。しかし、審査と言っても、皆さんを選別するということではありません。皆さんが一つ協力して、テレビ放送、そして放送産業を盛り立てて頂きたく、私から、つまり郵政省からの案を申し渡したいと思っております。つまり、各都道府県の申請を一本化するにあたり、各地域の申請者が合同して一つの新会社を作って頂きたい。それで各地域に一つの民間放送局にしてもらいたいのです」

 角栄が言うには、新会社には、申請団体Aに持ち株何%、申請団体Bの持ち株は何%と出資比率を決め、代表者もA、Bそれぞれから出すという形で、複数の申請団体を合併させ、テレビ新会社を作る、というのです。

 突然の提案に参加者は驚嘆の色を隠せません。しかし角栄は続けます。「これは提案ではなく郵政省からの申し渡しであります。承知出来ない者は申請を却下いたします。不服ある者は行政訴訟に出てもらって結構。但し、行政訴訟は十年もの時間もかかり、その時、私が郵政大臣である保証はありませんので悪しからず」

 この強引な取決めに会場は騒然です。
 冒頭の説明の後、東京、大阪を除き、全国道府県、一つの放送局に纏めるため、田中角栄が全面に出て折衝を重ねます。
 それは土日の深夜に及ぶという、精も魂も尽き果てる調整となりました。

 結局、十月十五日にはNHK七局、その一週間後の二十二日に、民放三十四社三十六局のテレビ大量免許を決裁いたします。
 元々が申請百五十三局でしたから、三十六局というのはその四分の一ほどになった訳でございます。
 
 これで北海道から鹿児島まで日本を網羅する放送網の道筋を、田中角栄郵政大臣が先陣を切り、伝家の宝刀を振り下ろすがごとく見事決着させたという訳であります。
 もちろん各申請者、文句が無かった訳ではございませんが、みな概ね納得してのテレビ放送の幕開けと相成りました。

 このテレビ免許の開放から二年、皇太子ご成婚パレードがあり、昭和三十九年には東京オリンピックが開幕します。テレビ需要が爆発的に広がり、テレビは家電としても、放送局としても、隆盛の花を咲かせます。
 その爛熟を辿ると、希代の政治家・田中角栄という男の決断と実行力があったというお話でございました。
 お付き合い誠にありがとうございます。

                                完

  

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