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【昭和講談】高座前の掛合⑥ 『宣伝講談』発案ス

 相も変わらず、喫茶「せせらぎ」でのことでございます。
 いつも通りの遅いモーニングを頂いている錦秋亭渓鯉、この日は、いつもならいるはずの者が、今朝はおりません。
 そう、昭和講談の作者・タケ田タケノコがまだ姿を現していないのでございます。

 半月に一度の打合せでございますが、錦秋亭渓鯉にとっては、平日の朝はだいたい「せせらぎ」で朝食をとっておりますので、打合せはいつでもできる。

(まあ、おらなんだら、おらんで、別にええがね…)

 そう思い、好物のゆで卵に取り掛かっておりますと、カランカランとドアが開くと、駆け寄ってくる背の高い男。

「師匠、遅くなりまして、すいません」

 噂をすれば何とやら、タケ田タケノコが額に汗してやってきた。

「別に待っとらんがね。普段通りに朝食を頂いていとったがね」
「…ああ、そうですね。となると、いつも私が早いんですかね」
「…よう考えると、そうかも知れんがね。人に見られながら食べるのも気が引けるがね」
「それやったら、師匠が僕の分を奢ってくれれば一緒に食べれますよ」
「なんで、そんなことせんとあかんがね! 厚かましいて」

 そんなことを言いながら、タケ田タケノコ席に着き、ショルダーバックから紙を一枚取り出した。

「師匠、こんなものを書いてみたんですけど、」
「ん、なんだがね…」

 手に取って眺めた錦秋亭渓鯉。その紙には次の様なものが書いてあった。

◎御社の商品開発秘話をドラマチックに語ります!
商品が消費者の前に出るまでに、一体どんな山や谷があったのでしょう?
簡単に生まれた商品などありません。
苦心惨憺、創意工夫のこの品も、着眼鋭く名案閃くあの品も、きっと様々な物語がある。
そんな物語を、講談にして語り上げます!

◎再現ドラマは高コスト、講談語りは低コスト!
講談は、講談師が感情豊かに語り掛ける演芸です。
一人何役も演じ、滔々と語る口調も心地よい。そんな講談が、御社の商品開発秘話を語ります。
テレビで観る様な再現ドラマを作ると、ロケに役者に機材にと、何かと費用が掛かりますが、講談なら講談師一人で演じられる。コストはぐんと抑えられます。
語るところは語り、盛り上げるところは盛り上げる。その抑揚付けは、有名役者にも引けを取りません。

◎発信は、自社HPでも、SNSで発信もできます。
商品秘話を撮影し編集し、それを発信することが出来ます。
ショートバージョンをSNSで発信しても良し、QRコードで平面媒体に貼り付けて誘導するも良し、消費者に、御社の商品をより親しんで頂けます!


「……なんだて、これ?」
「講談の活用ですよ」
「講談の活用?」
「はい。古典や新作を語るだけじゃなくて、商品PRに講談を活用するんです」
「これは、会社の宣伝か何かかて?」
「はい。会社の商品のPRポイントを講談で語るんです。例えば、カップヌードルで、麺が早く吸水する様に油で揚げたとかあるじゃないですか。それをドラマにして講談で語るって訳です」
「そんなこと出来るんかて?」
「宣伝したい商品について取材して、台本にすれば、師匠なら語れるじゃないですか。台本はもちろん会社のチェックも受けますし」

 講談を、会社の商品宣伝に使ってもらおうという、タケ田タケノコのアイデアでございます。
 それを聴いて錦秋亭渓鯉、一番肝心なことをタケ田に聞いた。

「それで、どこの会社がそんなことをやろうと言っとるんだて?」
「え…? いや、まだそんな会社はありませんけど」
「なんじゃそら。それじゃあ、絵に描いた餅だがね。金を出す会社が現れてから、こっちに話を振らんかて」

 アイデアを形にしたいタケ田タケノコと、動き出すきっかけが先という渓鯉師匠でございます。

「いや、師匠。これは単なるアイデアですから、これから賛同してくれる広告代理店や制作会社と連携して、実現したらいいなぁと思っている段階ですよ」
「そんなものやろうと言ってくれとる代理店なんてあるかね」
「……ないですけど」

 タケ田にも、宣伝したがっている会社や、代理店との伝手がある訳でも無く、彼自身にも実現の可能性は全く分からない訳でございます。
 これは旗色が悪いと思ったタケ田タケノコ、変わり身が早かった。

「ええと…、まあまあ。これは置いといて、次回のネタの説明をしますね」

 何とも弱気なものでございます。そして、次回の講談の説明を始めた。

「……という訳でございまして、この名人が話術のコツを掴むまでの所を切り取った訳です。」
「活動弁士は初めてだがね」
「はい。無声映画からトーキーに切り替わり、活動弁士が職替えを余儀なくされた。これは結構、昭和の芸能や娯楽で、大きな転換点だったと思うんですよね」
「改めて観ると、ええ名前だがね。徳川御三家と言えば尾張だがね」
「名前の由来も面白いエピソードだと思ったので、乗っけています」
「まあ、これでやってみるがね」
「はい。ありがとうございます」

 さて次回、錦秋亭渓鯉が語るは、果たしてどんな物語か。どうぞ、乞うご期待のほどお願い申し上げます。

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