【昭和講談】田中角栄「テレビ時代を切り拓いた政治家」 第二回(全三回)

 田中角栄に言いつけられた仲野敦。郵政省の玄関口に立ち、言われた表札を見やります。
 入口にかかった表札は二枚。一枚は1m50cmほどの「郵政省」の表札。そして、もう一枚は「郵政省」より一回りも大きく立派で、そこには「全逓信労働組合中央本部」の文字。
 仲野はこれを観て、すぐ合点いたします。
「ははあ、先生が仰ってた『全逓』の看板はこれやな」

 さて、この表札を大臣室に持っていくにしても、一人ではとても無理でございます。仲野は逓信本部をちょいと覗くと、入口すぐに座っていた事務員に声をかけた。
「ちょっとすんません」
「何ですか?」
「ちょっとこっちです」。そう言って事務員を手招きして呼び寄せた。

「ちょっとすいません。この看板ですけど、えらい立派ですね」
「ええそうです。木材としては軽い栗の一枚板で、そこに、執行委員長が揮 毫した格式高い、まあ逸品ですね」
「それは立派やなあ。そして、これは上で金具でひっかけてある感じですね」
「ええ、そうですね」
「良かった。ほんならすいませんけど、ちょっと下を支えててもらえますか」

 男は訳が分からずに表札の下を支える。仲野は腕を上げて、表札を外しにかかった。
「ちょっとあなた、何をするんですかっ」
「ちょっとも何も、あんたこそ、下をしっかり持っとかな、落としますよ」
「ええっ?」。驚いた事務員は慌てて力を入れる。

 仲野は表札をまんまと外した。
「ほんなら、すいませんけど、これを二階迄一緒に運びましょ」
「どういうことですかっ!」
「すいません、これも仕事ですねん」
「仕事って、あんた誰です?」
「田中の使いの者ですわ」
「田中って、どの田中ですか?」

「知りませんか? 今度ここの大臣になった田中です」
「田中角栄っ? あなた大臣の身内?」。男は慌てるのなんの。

 階段を上がり、奥の大臣室の前まで運び、表札を下して仲野がノックをすると、中から開けたのは田中角栄本人です。

「やあご苦労さん」
 これには事務員の男もびっくり。もう言われるがままに表札を部屋に入れると、すっ飛んで帰ってしまいました。

 さあ、表札を奪われた前代未聞の事態に全逓側は黙っていません。
 組合三役、執行委員長の野上元、副委員長の宝樹文彦、書記長の大出俊、この三人が大臣室に駆け込んできた。
「田中大臣っ! 組合の表札を持ち出すとは何事ですかっ。いつから大臣の初仕事が窃盗になったんですか!」

 野上委員長が声を荒げると田中角栄も黙っていない。
「窃盗とは穏やかでないな。看板を取り外すことは書面でしっかりと通達したはずだ。なあ仲野」
「はい先生。きちんと先生からお預かりした手紙を省内の郵便局から書留で出しました」
 郵政省に限らず、省庁というものは多大な郵便物を扱うので、各省庁には郵便局というものが備わっております。
 田中角栄は、表札取り外しの通達を書面にしておった訳でございます。
 同じ省内ですので、そのまま全逓に持ち込めばいいのに、わざわざ郵便局を通して迂回しての通達です。
 そんなことをすれば時間がかかるのは当たり前で、こんな時間の差が生まれるという訳でございます。

 もちろん、これも田中角栄の計略です。そして、通達を観ていない三名が、なぜ表札を外されたのか分からず、まごついた瞬間、角栄は三人に畳みかけます。
「君たちは郵政省で働き、その省の組合で活動をしているものだろう。それなのに、本店である『郵政省』よりも大きな表札を掲げているじゃないか。どこの世界に大店より大きな看板を掲げる店子があるか」

 この言葉にたじろぐ全逓の三役たち。さらに田中角栄が問いかける。
「君らは省庁建築の内部に本部を設けているが、その家賃を払っているのかね」。

 家賃のことを尋ねられ、三役は誰も答えられない。
「君らの組合活動は大いに結構。私も土方の親父だから、労働者の環境改善には大賛成だ。だが、筋は通してもらいたい。お互いに正々堂々といこうじゃないか」

 重みのある大臣の言葉に全逓三役の面々も押し黙るしかございません。
 これで互いに仲良くなったという訳ではありませんが、全逓側も「今度の大臣は今までとは全く違う、話の分かる人間だ」という評判が立ったのは言うまでもありません。

 今回の件が契機となり、文京区水道橋に「全逓会館」という組合本部が建てられることになった訳でございます。

 田名角栄の互いの言い分を聞く姿勢が大臣就任早々発揮された訳でございます。そして、テレビ許認可大量許可でもそれは発揮されるに至ります。


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