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【昭和講談】高座前の掛合② え…、めはり寿司?

 時節は1月中旬の、場所は大須商店街、その外れにある喫茶店「せせらぎ」でございます。
 時刻は朝の10時前。講談師・錦秋亭渓鯉、毎度のごとく、朝遅く、「せせらぎ」の、ボリューム満点のモーニングセットを頂いております。
 今朝は「昭和講談」の打合せの日。斜め前には、放送作家のタケ田タケノコが、師匠の朝食が終わるのを待っております。

 食べ進み、飲み進み、モーニングの最終盤、好物のゆで卵に手を伸ばす錦秋亭渓鯉、卵をテーブルの角に軽くぶつけて殻をむき始めると、その時に、

〽上野駅から 九段まで 
 かってしらない じれったさ
 杖をたよりに 一日がかり
 せがれきたぞや 会いにきた

 前回の口演で歌った「九段の母」を口ずさむ、その様子をタケ田タケノコは見過ごさず、

「いい歌ですね」

 そう声をかけた。すると、錦秋亭渓鯉も、
「うん、ええ歌だがね。心に沁みるて」

 静かに答えると、塩を振りかけたゆで卵を食べ終えて、さらに続ける。
「美空ひばりといい、昔の歌は心に沁みるて」
「しっとりとしてますよね」
「しっとりて、何だがね?」

「え? しっとりって、なんか…、スローモーな感じっていうんですか?」
「薄っぺらい感想だがね」
「いやだって、米津玄師とか、今の曲はもっとアップテンポですよ」
「今の曲は、カチャカチャし過ぎだがね」
「今の曲は今で、いいもんですよ。アニメソングも今は流行っていますし」

「アニメソング?」
「アニメの主題歌ですよ。主題歌だけあって、アニメ盛り上げ系の曲になってるんですよ」
「たわけ。『お魚咥えたどら猫、追いかけて~』の、どこが盛り上がるだて」
「なんでそんなとこ持ち出すんですか。『鬼滅の刃』とかあるでしょ」

「知らんがね」
「マジすか。知りませんか?」
「いや、知っとる…」
「なんで嘘付くんですか。アニメソングは大体、高揚感を高めてくれる感じにできてて、聴くと、やっぱり気持ち高まるというか…、心をアゲてくれるって感じですかね」

「それは、カラッとアガるんかね?」
「そうそう、天ぷら唐揚げみたいにカラッと…、って、オイ!」
「ノリがええがね」
「仕方なくです。仕方なく付き合ったんです」

 相も変わらず他愛無いやり取りでございます。
 しかし、転がっていく話は、講談の魅力へと落ちて参ります。

「曲が高揚感を高めるなら、師匠、講談はどうですか?」
「どうって、何がだがね?」
「講談も高揚感を高めるとか、それとも他の感情が沸くとか」
「それは外題にもよるだがね。悲哀の話で高揚感なんて高まらんがね」
「でも、淡々とは演じないでしょ」

「それは、そうだがね…。まあ、メリハリが大事だがね」
「めはり寿司ですか?」
「そうだがね、熊野の郷土料理ででっかいやつ…、違うがね!」
「師匠! ノリツッコミ出来るんスかっ!」

「誰やと思っとるんだて、芸人やぞ。これでも芸歴まもなく50年、これくらい…。でも…『めはり寿司』はないがね」
「すいませんっ! 咄嗟に思いついたのが『めはり寿司』しかなくて…」
「さすが、超売れっ子作家・タケ田タケノコ、『メリハリ』のボケに『めはり寿司』なんて、やるがね…」
「うっわ、スゴイ嫌味や…。まあ、それはさておき、メリハリですか?」

「呼吸、語調、強弱、色々あるが、お客さんを飽きさせず、話にグイグイ引き込むだがね」
「それなら、歌との共通項もあるでしょうね」
「深く考えたことはにゃぁけど、あるかも知れんがね」

 どうでもよい様な与太話。しかし、タケ田タケノコはその中にも、講談の魅力、本質をつかみ取ろうと専心しております。
 さて、次回の「昭和講談」の打合せに入りまして、その演台を聴いて渓鯉師匠が声を上げた。

「また、漫才師だがね」
「『また』て、まだ二回ですよ」
「『また』じゃがね。他にも、芸術家やら、作家とか、ジャンルはあるだがね」

「まあまあ師匠。でも、面白いですから、先ずは聞いて下さいよ」
「えらい自信だがね。自分から『面白い』て」
「いやまあ…、少なくとも『めはり寿司』よりは面白いです」
「あんなもん出すな!」

 渓鯉師匠に向かい台本を読み上げるタケ田タケノコ。それが終わると、
「まあ、分かったがね。これでやってみるがね」
「師匠はこの漫才師はご存じですか?」
「もちろん、知っとるがね。『責任者出てこい!』だがね」
「この漫才の方は?」

「知っとるて。どえりゃあ面白かったがね」
「その漫才師の埋もれた歴史という訳です」
「でも、この途中の漫才は、間が難しいんじゃわ」

「難しいですか」
「当たり前だて。おみゃあさん、漫才を軽く見過ぎだて」
「そんなことはないですよ! でも、この漫才師の話をして、漫才入れないなんてないでしょ」
「それはそうだがね。まあ、これでやるがね」

 一応はぶつぶつ文句を言いながらも、錦秋亭渓鯉師匠、タケ田タケノコの書いて来た講談を持ち帰ると、また部屋で稽古へと入ります。

 さて「昭和講談」、次回は2度目となる漫才師を取り上げての口演でございます。
 それでは皆さま、次週、どうぞ、乞うご期待の程お願い申し上げます。

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