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【昭和講談】高座前の掛合③ お客様はか……

 大須商店街の外れにある喫茶「せせらぎ」では、月例となった「昭和講談」打合せが行われております。

 店内奥のテーブルに、はす向かいに座るのは、講談師・錦秋亭渓鯉師匠と「昭和講談」作者のタケ田タケノコ。
 錦秋亭渓鯉はと言えば、モーニングセットの最終盤、好物のゆで卵に取り掛かるところ、それを横目で観たタケ田タケノコ、心の中で「あちゃ~…」とため息をついた。

 ため息の理由、それは錦秋亭渓鯉がゆで卵にかける塩でございます。ほんのパラっと振りかけたのみで、実に少ない。

 実は、この師匠、健康診断の度、医者に血圧のことで小言を言われるとかで、人並みには、塩分量に気を付けておりました。それが、ゆで卵にかける塩にも現れる訳でございます。

 診察の翌日や、機嫌の悪い時には、ほんのパラっと、逆に、良いことがあった時、機嫌の良い時は、パッパッパッと、結構な塩を振りかける。
 それが、今朝、ほんのパラっとかけただけ。これにタケ田、心の中でため息をついた訳でございます。

「師匠、何かありましたか?」

 食後のコーヒーをすする錦秋亭渓鯉に、タケ田がこらえきれず声をかけた。

「おみゃーさん、なんで来んがね」
「はい?」
「おみゃーさん、この頃全然、高座を観に来んがね」
「こうざ? ああ、高座ですね? そうですね…」

 思わず口ごもるタケ田タケノコ。高座と言うのは、錦秋亭渓鯉が「昭和講談」をかける高座のことでございます。

 渓鯉師匠が「昭和講談」をかける高座は、大須商店街にある文化教室の入った雑居ビルの一室でございまして、話し方講座に書道、フラワーアレンジメントに易経と、様々な教室が揃う中で、そのビルのオーナーが半分道楽で、隔週で「文化寄席」を開いていた。

 隔週、月水金の開催で、月曜は落語、水曜は講談、金曜日は色物という具合で、曜日ごとに演目が違う訳でございますが、錦秋亭渓鯉は月末の水曜日の出演でございます。

 その高座にタケ田タケノコが来ないことに不満を漏らした訳でございます。

「なんで来んがね」
「最初の頃は行ってましたよ」
「その頃の話をしとるんでないがね。ここんところ全然来とらんがね」
「そうですね、最近は…、行ってないかもですね…」
「どうしたんがね」

 あまりに喋らないタケ田に、さすがに師匠も心配になってきた。

「なんか理由でもあるんかね」
「いやぁ、理由というほどでもないですけど、…恥ずかしいんですよ」
「恥ずかしい?」
「ええ、まぁ…、だって、師匠の高座、お客さん、私含めて3人くらいでしょ」
「まあ、客入りはいい方ではないがね」

「最初行ったときは、自分の書いた講談が高座にかかるので喜んでいましたが、お客さんは3人だったり、2人だったりと少ないでしょ」
「まあ、創作講談でもあるし、なかなか人気は出んがね」
「それで、演じている師匠と、ちらちら目線があったりして…、」
「目が合って…、それがなんだて?」

「気持ち悪いでしょ」
「はあ?」
「おっさんとおじいさんが目を合わすとか…」
「おみゃーさん、ふざけとんのかて!」

「いやだって、冷静に考えたら、おっさんとおじいさんが、ちらちら目が合うって、ねぇ…」
「なにが、『ねぇ』だて! こっちは真剣にやっとんだがね」
「それはもちろん分かっていますよ。でも、それで、講談を聴く気持ちが…、何か醒めてしまうんですよ」
「なにが醒めるかて! きちんと聞いて勉強しろて!」
「はい! 勉強します。次は、きちんと高座に参ります」
「…ったく。それだから、講談も成長せんだて」


 さて、小言を貰ったタケ田タケノコでございますが、切替えが早いのか、図太いのか、今回の「昭和講談」を読み上げ、説明いたします。

「……という感じです、師匠」
「今回は、有名歌手だがね。ええがね」
「いいですか?」
「ええがね。やっぱりあの、『お客様はか…』」
「ああっ! それは言わんとって下さいっ」

「なんだがね」
「それを言ったら誰か丸わかりですからっ」
「『丸わかり』ってなにがや?」
「いや、こっちの都合ですが…、まあ、今触れなくても冒頭に持って来てますし…」

「それに今回、歌手だけども、ワシが歌わないという工夫もええがね」
「浪曲出身で歌の上手さは、もう、凄いものがありますからね。歌ってもらうよりも歌詞を紹介する感じにしました。そっちの方がいいでしょ」
「まあ、そうだがね、そっちの方がええがね」
「この人の歌を歌えとは、私もよう言いませんよ」
「……、なんかけなされてる気がするだて」
「何でですか!」

「この、みな…」
「ああっ、名前っ!」
「何だがねぇ!」
「いや、ここで名前を明かさんでもいいんですよ」
「何言うとるんだて…。まあでも、この人の歌に対する考え方がええがね。」
「ほんと、真っすぐな人ですよね」

「それに…、」
「もう、師匠がこの人を好きだというのは充分分かりましたから、ここではこれくらいにしましょう。そうしましょう」
「分かったがね。これでやってみるだて。ええか、次は必ず来てちょーよ」
「分かってます。じゃあ、どうぞよろしくお願いします」


 そして、錦秋亭渓鯉、講談を携え自宅に戻ると、一心に稽古に励む訳でございます。
 さて、次回の「昭和講談」、どんな昭和が出てきますことやら。どうぞ、乞うご期待でございます。

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