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ネコの国 world2

帰ってきた後、シマはしばらくボーっとしていた。いつもと変わらないようにも見えたが、時々思い出したように、ギャーギャーと鳴きながら(ニャーとは鳴かないのだ、多分慢性鼻炎のせいで、ギャーとなるのだ)ウロウロするようになった。

お産はできなかったけど、お腹に子を宿したことを知っていたのだろうか?産めなかった子どもをさがしてるのだろうか?と、私たちは切なくシマを見守っていた。
そんな時はトラが、シマを抱きかかえるようにして毛繕いして落ち着かせるのだった。

春の陽気が本格的になった頃だった。シマが帰って来なくなった。何日も探したが見つからなかった。
アトリエのすぐ前の側溝に鉄板の蓋がしてあったのだが、なんとなくそれが持ち上がっているので、ゴミが溜まっているのかと、奥さんが持ち上げたら、シマの死体があった。
数日は経っていて腐敗が始まっていたが、その毛並みと、曲がった前足で、シマに間違いないと言う。

ネコが亡くなったら、ダンボールに安置して、お花や好きだったモノを入れて、サヨナラを言って近所のお寺さんの敷地の端に埋めさせてもらうのが慣例だったのだが、シマにはしてあげられなかった。

私がアトリエに出勤した時には、環境事業局に引き取ってもらったあとだった。


他にもいろんなネコたちがいた。

多頭飼いでは思う存分構ってもらえないと思ったのか、自主的に隣のクリーニング屋さんに通い、とうとう隣のネコになったクロ。女の子だけど、あたりでブイブイ言わせており、逆らうものはいなかった地域の顔ネコでもあり、立派な看板猫になったのだ。

体の大きなアカちゃん(♂)。へその緒がついてる状態で拾われ、ミルクで育ったはいいが、育ちすぎたのだ(ミルク育ちにはありがちなのだが)。一番小さな時の印象でアカちゃんと名付けられたが、思いのほかでっかくなり、しかしながら体の大きさとは裏腹に、目があっただけでそそくさと隠れてしまうビビりん坊であった。

同じくデッカイ系のシロ。おおらかでのんびりさんで、女性に人気がありました。なんでかな?

おんなじ白ネコが新入りできたのだが、シロがいたので、コジローと名付けられた男の子。天性のハンターで、小鳥だのネズミだのしょっ中咥えて帰ってくる。
ある時、ハトを咥えてきたのだが、出入り口につかえて入れず、窓に映ったシルエットから事の次第を知った人間たちがワーワー騒ぐのに、ヤバイ取り上げらると思ったのか、人が入れない所に持っていき、食べてしまった。
さらに、お向かいのお寺の中学生の息子さんが、ヒヨコを飼っていて、若鶏になったので庭に小屋を作って移したのだが、ある日無残な姿になっていた。前後に白い猫を見たという話を聞いた奥さんが、あわてて菓子折りを持って謝罪に行った。確たる証拠もなく、どうやら親御さんのほうでは鶏を持て余していたらしく、特に苦情も言われずおさまったらしい。
近所の古いマンションの一階にレストランがあり、その裏口付近でジーっと一点を凝視するコジローを何度も見かけたことがある。どうやらネズミの通り道らしい。コジローと呼びかけると、邪魔すんなといいたげなものすごく嫌そうな顔をする。
彼のテリトリーは広い。なぜなら他のテリトリーの強そうなネコに会うと、腹を見せてヘコヘコと下手に出て、絶対にケンカしないのだ。まるでボスの機嫌をとるサンシタのようである。お陰かどうか、アトリエから離れたひょんな所で見かけるのだ。コジロー、どこ行くの?と声を掛けると、あっ!しまった!という顔をして逃げるのだが、アトリエではお兄ちゃんのシロにヘコヘコし、人間には甘えまくりで、中学男子のようなヤツなのである。


拾われたり持ち込まれたりしたものの、衰弱しきって生きられなかったコたちもたくさんいた。
ある日突然帰ってきて血を吐いて死んだコもいた。

それでも彼ら彼女らは、精一杯生きたなぁと思うのである。
前足の曲がったシマも、腹水が溜まってポンポコのお腹で死んじゃったコも、なんだかわからないまま突然死ぬコも、家出して行方不明になるコも、
かわいそうなネコ生などないのだ。
みんな命を燃やしたにすぎないのだ。

ネコの寿命は人間より短い。
まるでマッチを擦って、すぐに燃え尽きるように、パッと咲いては散っていく、その短い間に彼ら彼女らは、高揚したり、まったりしたり、豊かな世界を満喫していくのだ。
生きる!以外のことはなんにもしないで。


ネコの国で、そんなネコたちのネコ生(?)を見ているうちに、私もなんとなく立ち上がり、人間の世界に復帰していったのだった。


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