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Remenber her

一人暮らしの頃、小さな神棚があった。

なんということはない。
お気に入りの小物だったり、思い出の品を飾る一角があったのだ。
もともと、小物とか飾るのは好きではない。
モノをゴチャゴチャとおくのが嫌なのだ。
それもホコリが溜まるとか、掃除がしにくいとか、そんな理由だ。

それでも、なにか思い入れのある小物や、願いを込めたものが、なにかしらあるものである。
仕舞い込んで忘れてしまって蔑ろにしてしまうのもなぁと、タンスの上の一角を神棚のように、厳選した小物を祭り上げていた。


結婚して子供ができて、それらは仕舞い込まれ、忘れ去られていた。
神棚どころか、自分に向き合う余裕さえもない日常がやってきたが、向き合うのは小さな、それでいて主張の多い命である。
それはそれでよいのだ。


さて、そのムスメちゃんが大きくなり、ある日、その仕舞い込んだ小物たちを引き出しの奥に発見し、容赦なく引っ張り出してきたのだ。

もー勝手に触らないで、と言いながら、あー忘れてたなぁと久しぶりの対面を果たす。


今はもう亡くなった友人にもらったネコの置き物。初めての海外旅行のお土産の飾り物。小さなシルバーのスパイスケース、初めてウチのコになったネコの首輪代わりのブレスレット、その中に不釣り合いなボロボロの皮の大きな犬用の首輪、、、。

あまりの違和感に、ムスメがなにこれ?と聞く。


貴金属加工職人をしていた頃、職場近くの大きな国道沿いのマンションに住んでいた。
古ぼけたビルのような佇まいで北向きだったが、家賃のわりに広く、5階の窓の向こうには高い建物がなく、空が窓いっぱいに広がっていた。
その時は、すぐ近くで同棲を始めた営業の女の子と、お相手の職人の男の子が遊びに来ていてダベっていた。

我が家には黒ネコがいて、彼らは黒いダックスフンドを飼っていた。

窓のすぐ下で、急ブレーキの音がして、キャンという声がした。
上から覗くと、道路の真ん中に大きな犬が横たわっていた。
後続の車はなんとかよけていくが、夜とはいえ幹線道路である。

3人で顔を合わせたが、私は無言でダッシュで下に降りていった。彼らも何も言わずについてきた。

シベリアンハスキーか、そのミックスの大きな犬だった。まだ息があった。
3人で抱えて歩道にあげる。

傷や出血はないが、立つ気配がない。
首輪をしている。
誰とはなく、病院へ連れて行こうとなった。


どうやってその病院を見つけて、どうやって連れて行ったのかは、忘れてしまった。
夜も遅かったので、やっているところを探して、いったことのない病院へ連れて行ったのだった。

レントゲンを撮ると、背骨が折れていた。

てっきり飼い主がいると信じて疑いもしていなかった私は、とにかくできる治療はしてほしい。飼い主は貼り紙でもチラシ配りしてでも見つける、それまで面倒も見る。
なんの後先も考えずに、先生に伝えた。

しかしその先生は悲しそうな顔をして、私たちに説明してくれた。

レントゲンの映像を見ると、胃には小石らしきものがあり、ずっと食べてないと思う。
首輪もよく見ると相当くたびれており、身体も汚れている。
野良になって長い。
捨てられたのだろう。
探しても飼い主はみつからないよ。
脊椎損傷のコのお世話は並大抵じゃないよ?

このまま安楽死させてあげた方がいい、と。


女の子だった。
痩せ細ってはいたが、おっぱいだけが膨らんでいた。子がいたのだろうか?
ブルーの瞳で、苦しげな表情だったが、賢そうな顔立ちをしていた。


大阪市内の街中である。
どんな経緯でそこに至ったのかは、わからない。
どんな思いで、私たちの前に姿を現したのだろう。


苦しそうな息遣いを聞きながら、その鼻筋を優しく撫でながら、3人で呆然としていた。



先生、安楽死をお願いします、、、


そのかわり、絶対に忘れない。
私はあなたを忘れない。
なんなら霊になって憑かれてもいい。

忘れないように、ずっとその顔を凝視していた。ずっとその顔を撫でていた。

苦しい息遣いが、ゆっくりとした寝息のようになり、やがて止まった。

美しい顔だった。


後で考えれば、その犬と接したのは時間にして、わずか数時間だった。
彼女が走っている姿も、鳴き声も知らない。
もちろん、名前も知らない。


うちの子におなり。
一緒に帰ろう。

そうしてその首輪を貰い受け、神棚に飾ったのだった。


忘れないよ。
忘れてないよ。
ずっと覚えてるよ。

いつか逢おうね。

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