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エッセイ/だれかの空白と私

結婚を機に引っ越したり、30代にして何度も職場が変わった経験のある私が、ときどきやってしまうことがある。

私の前任の方は、どんな方だったんですか?

それが気になってしまい、雑談の延長で、ついつい周りの人に聞いてしまうのだ。
聞いてから、今度は自分に問いかける。それを聞いて、私は一体どうしようというのだ。
前任者が自分と似た人なら安心するのか。まったくタイプの違う人なら、自分が憧れてもなれない、要領が良くてはきはきしていて、だれからも好かれるような人なら、私はショックを受けるのだろうか。

どうして、だれかの穴を、空白を、埋めようとしてしまうのだろう。

「あまりプライベートを見せない人だったよ」
「明るい人だったよ」
「ベテランで、頼もしい人だったよ」
頼もしい人とやらが前任者だったときに、自分がそうなれるのかと、正直なところ不安がよぎったのは言うまでもない。

きっと聞いてしまうのは、いつも不安になってしまうせい。自分が、とてもじゃないが空いた空白にはまらない、異質な存在だったりするのではないか、と。

そういえば、その質問の返答は様々だったけれど、なんとなく印象に残っている回答がひとつがある。

「前任者のKさんはとてもおしゃべり好きな方でね、隣の席のOさんは、Kさんのおしゃべりを最終的に聞き流していたね。」

Kさんというのは長くそのお仕事をされていたベテランの女性で、Oさんというのはやわらかい物言いと穏やかな物腰が素敵な、60歳ごろの男性。
やさしいOさんが微笑みながらもKさんのおしゃべりをスルーしつつパソコンを操作する様子が頭に浮かんでしまって、おしゃべりKさんもそれをあまり意に介していなかったのだろうと思ってしまって、なんだかほほえましくて、ふふっと笑ってしまった。

これからも誰かのあとを引き継ぐような機会があれば、不安な私は、聞くことをやめられないかもしれない。
誰かの残した穴の大きさと形を、教えてほしくなるかもしれない。
その空白を想像しながらも、私は私なり、ありのままで大丈夫!なんて言うほど、私の心は強くも健全でもない。
正直に祈っておく。どうかこれから出会う私の前任者が、決して、スーパーマンなどではありませんように。

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2023.10.02 加筆修正しました。

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