見出し画像

ランコ・ポポヴィッチの鹿島アントラーズ新監督就任報道について


ランコ・ポポヴィッチについて

・1967年6月26日生まれ(現在56歳)
・ユーゴスラビア生まれ、現在の国籍はオーストリアとセルビア
・現役時代のポジションはセンターバック
・母国語はセルビア語だが、ドイツ語やスペイン語が堪能で、英語もいける。日本語も結構理解できるとのこと。
・師匠はイビチャ・オシム
・右腕にヴラディッツァ・グルイッチというコーチがいて、彼が大抵どのクラブでもヘッドコーチをやっている
・現在はセルビアリーグのFKヴォイヴォディナ・ノヴィサドの監督を務めており、契約が2024年夏まで残っている

日本での経歴

ポポヴィッチが初めて指導者として日本の土を踏んだのは、2006年の6月。広島にミハイロ・ペトロヴィッチが監督として就任した時のコーチとしてだった。なお、広島でのコーチは1年強で終わり、ミシャとは道を別れることになる。

大分トリニータ(2009)

基本布陣

ポポヴィッチの日本での監督としての初キャリアは2009年の大分トリニータ。前年ナビスコカップ優勝で初タイトルを獲得した大分だったが、この年はケガ人の続出に苦しんで開幕から低迷。降格圏を抜け出せず最下位に沈んでいたところで、前監督のシャムスカに代わって監督に就任したのがポポヴィッチ。「残り試合でJ1残留に導く」というミッションが託されたが、序盤戦の低迷が響いてリーグ戦残り4試合の段階でJ2降格が決まってしまった。

ただ、ポポヴィッチが率いてた時の戦績は極めて優秀でリーグ戦ラスト10試合は負けなしで終えており、優勝争いを演じていた清水や川崎Fにも勝っており、鹿島の3連覇を陰ながらアシストしてくれている。

大分としてはJ2に降格した後も本当はポポヴィッチに残留してほしかったそうなのだが、当時チームは深刻な経営危機が表面化しており、そのため高年俸のポポヴィッチも主力選手と共に放出せざるを得ず、半年で退任となった。なお、この時の大分のメンバーには西川周作や森重真人、金崎夢生、家長昭博、清武弘嗣らがおり、東慶悟は高卒ルーキーだったのをポポヴィッチが抜擢している。また、この時の大分の強化部には現在の鹿島のフットボールダイレクターの吉岡宗重氏が所属していた。

FC町田ゼルビア(2011)

次にポポヴィッチが監督を務めたのが当時JFLだった町田。J2昇格を目標としていたチームを率いたポポヴィッチは、見事チームを3位に導いてJ2昇格を達成。この後FC東京から引き抜かれて、1年で退任になるのだが、結局この時の順位が日本での監督在任時の最高順位となっている。

FC東京(2012-2013)

基本布陣

次の職場は、この時1年でJ2からJ1に帰ってきたFC東京。なお、天皇杯優勝も前年に果たしていたため、ポポヴィッチはJ1復帰初年度のリーグ戦とACLの両立を迫られることになる。

攻撃的サッカーを目指したポポヴィッチ東京はシーズン通して波のあるチームだった。ハマればゴールラッシュで勝つ反面、あっさりと負けるとそのまま連敗街道へと突き進む安定感のなさが災いし、リーグ戦では優勝争いに絡むことなく2年連続中位で終わり、1年目に出場したACLもベスト16で敗退、最高成績と言えるのは2年目の天皇杯でベスト4までいって広島にPK戦で敗れた時だろうか。なお、この2年間鹿島はポポヴィッチ率いるFC東京にはリーグ戦全勝、2012年の初勝利も奪っている。

セレッソ大阪(2014)

基本布陣

FC東京を退任したポポヴィッチが次に招かれたのは、前年4位と躍進していたC大阪。柿谷曜一朗や山口蛍などタレント揃いでセレ女全盛期な上に、W杯得点王のフォルランまで加えたチームを託されたポポヴィッチは、前年までのクルピ監督のカウンタースタイルからポゼッションスタイルへの変化を標榜した。だが、開幕から中々スタイルが浸透せず、結果の出ないチームは低迷。ACLでもベスト16で敗退したことを受けて、ポポヴィッチは6月に解任。この年、C大阪は結局J2降格の憂き目に遭ってしまう。

FC町田ゼルビア(2020-2022)

2020シーズンの基本布陣
2021シーズンの基本布陣
2022シーズンの基本布陣

C大阪の監督を解任された後、しばらく日本を離れていたポポヴィッチが再びその土を踏むのは、5年半後のこと。相馬直樹前監督退任後、という前回と全く同じタイミングで古巣町田の監督に再び就任することになった。

監督復帰1年目の2020シーズンは良い時と悪い時の差がはっきりしたシーズンとなり、開幕5試合負けなしや4連勝を記録したこともあれば、8試合勝ちなしや2度の4連敗とドツボにハマることも多く、19位に終わった。

反面、主力の流出を最低限に抑えて戦力アップに成功した2021シーズンはシーズン通して大きな波がなく安定した成績をキープ。昇格プレーオフが開催されなかったことや、昇格した磐田や京都が抜け出ていたこともあり、昇格は果たせなかったが、当時のクラブ史上最高順位に迫る5位フィニッシュとなった。

前年をベースにして、本気で昇格を狙いにいった2022シーズンは、前年の主力を基軸に少数精鋭の編成で挑み、開幕直後は自動昇格圏をキープする好調さだったが、蓄積疲労により徐々にメンバーが揃わなくなっていくと、勝ちなしの沼にハマって一気に急降下。前半戦折り返し時点ではまだプレーオフ圏内も狙える位置につけていたが、後半戦で巻き返せず最後は10試合勝ちなしの大ブレーキでフィニッシュ。15位に終わり、ポポヴィッチは退任となった。

スタイルの特徴

ポポヴィッチのスタイルは明確で、基本的にどこで監督をやってもやることは変わらない。ボールを繋ぎながら、チームとして連係・連動しながらゴールに迫る、ポゼッション主体の攻撃的なサッカーだ。直近率いていた町田のシーズン比較で見るとわかりやすいが、相馬監督や今季率いた黒田剛監督が率いていた時よりもポゼッションの数値が自陣・敵陣共に高く、さらに中央攻撃の数値が高くなる反面、サイド攻撃やカウンターの数値が下がっている。ボールを後ろから繋ぎながら、中央から個々の連動やポジションチェンジを活かしつつ攻め込んでいく。ドリブルよりも圧倒的にパス重視のスタイルである。

守備ではソリッドな陣形を保ちつつも、自分たちがボールを保持するためになるべく素早くかつ高い位置でボール奪取することを狙っていくスタイルだ。システムは、3バックを使うこともあるが基本的には4バックがベースだし、それぞれのチームが慣れているシステムに合わせる傾向がある。

ポポヴィッチのスタイルを成立させる上で欠かせない要素が、ハードワークとリンクマンの存在だ。ボールの周囲での連係・連動が求められるため、そのためにポジションチェンジやフリーランの回数は多くなり、必然的に運動量が求められる。特に、中盤の選手たちは走ることができなければ使われない、と言っていいくらいだ。また、攻撃で変化をつけられるリンクマンの存在はポポヴィッチスタイルにおいては欠かすことができない。フリーマンの如く自由に動きながら、ボール近辺に顔を出してパスを引き出し、少ないタッチ数で次の展開へと導く。「ポポヴィッチと言えば、ワンツー」と言われるのは、このリンクマンの存在所以だろう。長谷川アーリアジャスールや東慶悟といった選手たちがポポヴィッチ監督の下で重宝されていたのは、このリンクマンの役割をこなせるが故であり、町田では平戸太貴もこの役割をこなしていた。

あと、練習は結構厳しいが、良いプレーが出た時は大抵「ブラボー!」の声が監督から飛ぶようになるらしい。

問題点1.一辺倒になりがち

ポポヴィッチの一番の問題点は、スタイルへのこだわりが異常なまでに強いこと。連動しながらパスを繋いで攻め込むスタイルは、上手くいっている時は非常に魅力的に映るのだが、上手くいかない時にじゃあ他の手段で攻めましょうというのは基本的にあまりない。とにかくパス&ゴーとワンツーを続けて、それで点が取れるか取れないかの勝負なのだ。

選手起用もこのスタイルを軸にして選ぶため、当然スタイルに合った選手が優先して起用される。多彩な攻め手を使いこなすタイプではないので、選手起用にも結構偏りが出るため、選手構成そのものも良くも悪くもポポヴィッチスタイルに寄ったものになってくるのだ。

問題点2.主力が固定されがち

ポポヴィッチのスタイルは、スタイルを成立させるためのハードワークとその時々に合わせた状況判断が高いレベルで求められる。要は、走れる賢いヤツじゃないと使ってもらえないのだ。当然、そんな選手はゴロゴロ転がっているわけではない。できる選手が優先的に使われていった結果、その選手たちでスタメンが固定され、コアメンバーがあまり変わらないという現象は結構あるあるであり、そうなると、ケガ人が出た途端に一気にチーム力が落ちかねないリスクを抱えることになるし、連戦や蓄積疲労という現象には滅法弱くなってしまう。

問題点3.大駒の扱い方が上手くない

基本的に自分のスタイルに合う選手たちでメンバーを構成するため、例え能力が高くても自分のスタイルに合わなければ、起用の優先度は下がるし、自分のスタイルに合わせることを要求するのがポポヴィッチだ。

なので、C大阪時代はフォルランや柿谷曜一朗、町田時代は鄭大世といった独力でゴールを奪えるストライカーを最後まで上手く使うことができず、自分のスタイルが上手くいかない時に、それを個の力で穴埋めすることができなかった。

あとは、結構審判に文句言うタイプの監督なので、それなりにカードはもらってくるということもデメリットだろう。実際、昨季の町田では累積警告で出場停止を食らっている。監督でイエロー4枚ってどうやったら貯められるんだよ。

鹿島ではどうか?

メリット1.日本のこともポポヴィッチのこともよく知っている

まず第一に挙げられるのは、ポポヴィッチが日本での指揮経験が豊富であり、かつ直近までJリーグで指揮を執っていたこともあり、リーグや選手たちの特徴を把握しているという点では、他の外国人監督に比べて間違いなくリードしていると言えるだろう。

また、ポポヴィッチがどういうスタイルを好む監督かというのをクラブ内外が把握できているのもメリットだろうし、少なくともそこでの大きな食い違いはないだろう。吉岡FDは大分時代に関わりがあるし、佐野海舟は町田時代に指導を受けており、離脱していた時以外は不動のレギュラーとして起用されていた。チーム内での橋渡し役がいるというのも、大きいはずだ。

メリット2.岩政前監督のスタイルとの共通点が多い

「着想で言うと、イビチャ・オシムさんなんです。あの頃のジェフですね。実際に守っていて、すごく嫌だったんですよ。本当にとらえどころがなくて。言わば巻誠一郎とマリオ・ハースのペアが垣田と優磨で、その背後から出てくる羽生直剛さんが仲間みたいな。そういうイメージです」

「プロ向きじゃないかもしれませんが…」鹿島アントラーズ・岩政監督が語る“復権のカギ”「着想で言うと、イビチャ・オシムさんなんです」

「そこから連動が生まれると選手たちに話しています。オシムさんではないですが、まず走ろうと。ボールに近い選手が走ったら、スペースが見える。後ろの選手はそこに入って行けばいい。そこから自ずと連動、連続、連係が生まれますからね。ただ、思った以上に機能している感じはありますね」

「プロ向きじゃないかもしれませんが…」鹿島アントラーズ・岩政監督が語る“復権のカギ”「着想で言うと、イビチャ・オシムさんなんです」

岩政前監督は自身が目指すスタイルを上記のように語っていた。そして、この内容はポポヴィッチが取り組んでいるスタイルに当てはまる部分が多いのだ。源流が同じイビチャ・オシムから来ているのだから、さもありなんなのだが。

今季の鹿島は動的なポゼッションによる流動的な崩しをベースに戦ってきた。ボールを保持しながら、スペースを見つけて選手が走り込み、パスを呼び込む。そこから少ないタッチ数で、次のスペースを見つけた選手にボールを渡す。この動きを連続させることでゴールに迫ろうとしていたし、だからこそ2列目にはハードワークができて、かつプレー判断の質が高い樋口雄太や仲間隼斗が起用されていた。

ポポヴィッチはおそらくこのスタイルの延長線上で戦ってくれる監督としてリストアップされたのではないだろうか。つまりもっと言ってしまえば、鹿島アントラーズというクラブはこの岩政監督がやってきたサッカーを自分たちのスタイルとして今後も戦っていくという意思表明が、ポポヴィッチというチョイスだと思えるのだ。

デメリット1.スタイルが先鋭化しすぎる

岩政さんは上記のようなスタイルへのこだわりを持ちながらも、もう一方でリアリストな側面も持っていた。昨季の天皇杯敗退直後のアウェイ磐田戦では4-4-2にシステムを戻して、強度を押し出したスタイルで勝点を掴もうとしたし、今季もシステムやメンバーを変えて、戦い方も変えることは少なくなかった。これは、常に結果を求められる鹿島というクラブを率いるが故の部分もあるだろうし、新米監督だった岩政さんが選手たちからの求心力を失わないために、目の前の結果を求めにいかざるを得なかったという苦肉の策的な部分もあるだろう。

それに対して、ポポヴィッチはおそらく岩政さんほどの妥協は良くも悪くもしないだろう。自分のスタイルにこだわりが強いし、それを徹頭徹尾貫こうとするはずだ。ここ数年監督がコロコロ変わり、その度にスタイルも変わってきた鹿島にとっては、それくらいこだわりが強い方がいいのかもしれない。ただ、それは同時に今まで鹿島が武器としてきた、やろうと思えば何でもできる柔軟性を失いかねないリスクも抱えることになる。ボール持とうと思えば持てる、ベタ引きしようと思えばそれで守れる、パワープレーもできる、そういった様々なスタイル選択の柔軟性を持ち、的確に戦い方をその時々に判断していくことで、現在薄れつつあるとはいえ、これまで相手に対しての優位性を示してきた鹿島の武器が一気に失われかねない可能性は否定できない。そこまでして、今のスタイルには価値があるのか?ということは問われることになるだろう。

デメリット2.勝利の実績が薄すぎる

そして、多くの人が抱いている懸念がこの点だろう。ポポヴィッチはこれまでJリーグの経験こそ豊富だが、タイトルを獲ってきた経験はおろか、優勝争いした経験もない。そんな人に、常に勝利を目指すクラブの監督を託していいのか?という疑問は拭えない。

また、そんなことはないのかもしれないが、ポポヴィッチは何が何でも勝つというよりは、自分たちのスタイルを貫いて勝つということに重きを置くタイプの監督であろうことから、そうした人間が鹿島の監督というポジションに合っているのか?、という問いはどうしても生まれてきてしまう。要は、根底の文化が根本的に違っている気がするのだ。そんな中で、これまで監督を呼んでは評価方針の違いなどを理由にしてそのクビを切ってきた鹿島が、ポポヴィッチで上手くいかなかった時にすぐそうなるんじゃないの?、という疑いをここまでの行いが故に否定はできないのだ。

まとめ

ここからは個人的な意見を書きます。

ポポヴィッチの名前を聞いた時に率直に思ったのは、「ああ、強化部は今季のスタイルで今後もずっとやってくつもりなんだ」ということです。そうじゃなきゃ、ポポヴィッチを呼ぶ理由を消化できないからです。逆に言えば、その理由ならポポヴィッチに白羽の矢を立てるロジックとしては妥当だなと思います。オシム流の連動・連続スタイルを続けてくれて、Jリーグでの経験も豊富という意味では、これ以上ない存在でしょう。

ですが上記のnoteでも書いたように、そもそも私は今季のスタイルが根本的に鹿島に合っているとは言えないのではないか?、という疑問をずっと持っています。センターラインの強固さと攻守の切り替えの質の高さで鹿島はずっと勝ってきたのだから、それを活かしたチーム作りをすべきなのでは?と思っていますし、岩政さんのスタイルも仲間や樋口のハードワークあってこそで成り立っていたので、海外移籍で人が抜けてしまうところをスタイルでカバーするという本来の目的から外れたようなスタイル構築だし、結局のところ個人依存は変わっていないのでは?という部分が強く問いとして残っているからです。

ポポヴィッチはおそらく岩政さんよりももっとこだわりの強い人なので、編成ももっとそれに合わせるようになるはずです。裏を返せば、ポポヴィッチのスタイルに合わない選手は淘汰されていくでしょう。それでいいのか?、とは正直思います。具体名挙げるなら、松村とかはあのスピードあるドリブルが武器の選手なのに、それを活かすスタイルじゃなくして、それでいいのか?ということです。それでチームが勝てるようになる、勝つために必要な確固たるスタイルが作られるのならそれでいいですけど、ポポヴィッチの今までの実績を考えるに、それが実現される可能性はあまり高くなさそうだなと正直思ってしまいます。

悲しいのは、鹿島が選べる監督の選択肢が確実に減っていることを今回改めて痛感したことです。J1クラブの監督は20人しかなれないのですから、監督候補が誰もいないなんてことはないでしょう。みんなやりたいはずです。しかし、それは「誰でもいいなら」という条件がついてのこと。自分たちのスタイルやチーム規模、給与額によって、色々選り好みしながら監督選びをしたいのですが、鹿島は自分たちが本来来てほしいはずのグループにいる監督たちが確実に減っていっています。これまでの行いもありますし、単にお金がないのもありますし。そうなると、その下のグループにも目を向けないといけなくなったり、こだわりの検索条件を変えなきゃいけなくなってくる。このところの監督選びはそれを如実に実感するようになってきました。

まあ、とにかく一番願っているのは何でもいいから上手くいってくれ!、ってことなのでそれは切実に願っています。上手くいくために、編成ちゃんと整えてあげてください。おわり。

遠征費とスタグル代に充てるので、恵んでください