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夢の達磨の話

8月20日
 朝から随分と暗い日だった。雲が低く、湿っぽい風が吹いている。座敷の襖が半分ほど開いていて、庭に面した窓が開いているのか廊下に風が吹き込んで来る。襖がガタガタと音を立てるので閉めようと手を掛けたら、中から何かが転がり出て来た。
 拾い上げると達磨だった。手のひらに収まるほど小さいから、箪笥の上から飛ばされたのだろう。風で飛ばされてしまうなら別の場所に置いた方がいいだろうかと思っていると、達磨が小さな声で何か言っている。耳を寄せると、こう言っていた。

 枇杷の坊主を追い払うから、おれを焼くのは止せ。

 枇杷の坊主というのがまず分からない。
 それは何かと聞くと、生き物を捕らえて閉じ込めるものだという。そこから逃れた者がこの家に逃げ込んだから枇杷の坊主が来る。それを追い払うからおれを焼くのは止せと言う。昨日お焚き上げにすると思ったのを気にしたらしい。達磨はさらに言いつのる。

 人前で笑わぬと約束する。

 なんだか健気に思えて、それならと玄関の下足入れの上に乗せておくことにした。焼かないかと聞くので、悪いことをしないなら焼かないと答える。達磨が、先日貰った引っ越しの挨拶の品を分けてほしいと言うので、あの梅の花の詰まった箱を達磨の隣に置くと、新しい主は気前が良い、有り難いことだと呟いている。
 達磨はつるりとした体の左右から楊枝のような腕を生やすと、箱の中から梅の花をひとつずつつまんで口に運び始めた。
 ひとつ口に入れるごとに、達磨は少しずつ大きくなる。大きくなれるのなら枇杷の坊主とやらを追い払うこともできるのかも知れないなと思う。

 リンの吠える声で目が覚めた。僕の耳元で、小さな声で一度吠えただけなのに、少し申し訳なさそうな顔をしている。起こしてくれてありがとうと頭を撫でると、小さく鼻を鳴らしていた。
 夢だったのかと思ったら、夢で感じていた現実感が急激に荒唐無稽なものになっていく。
 変な夢を見ていたせいか、いつもよりは少し寝坊したが、リンと散歩に行く時間はある。
 急いで身支度を整え、リンと玄関へ向かうと、下足入れの上に達磨が置いてあった。夢との符丁が気になったが、たぶん妹が移動したのだろう。
 外はよく晴れていて眩しいほどだった。庭の餌台にオレンジを乗せてから、リンと散歩に出掛けた。

 

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