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達磨の事

7月18日
 17日から18日に日付が変わる頃、携帯電話に着信があった。音は消してあるので布団の端で振動している。そろそろ寝ようかと思っていたところだった。出る前に切れてしまった。
 着信の番号を見たら、数字に混じって「#」や「*」という記号が表示されている。おまけに、普通の電話番号より長かった。故障でもしたのだろうかと思っていると、再び電話が鳴るので今度はすぐに出た。

 降ってくる、助けてくれ。

 何か答える前に、また切れてしまった。聞き取りづらい小さなガサガサした声だったから、聞き間違いかも知れない。着信履歴を見ると、ひとつ前に掛かってきたのと同じ、数字に記号の混じった番号だ。念のためにその番号に掛け直してみることにした。しかし、発信ボタンを押してしばらく待ってみたが呼び出し音すら聞こえない。
 画面を見直してみると、確かに呼び出し中の画面になっているから、これは掛からないと思った方が良さそうだ。
 僕がごそごそやっているので、眠っていたリンが目を覚ましてこちらを見ている。
 なんでもないからおやすみと声を掛けて、僕も寝ることにした。
 電気を消して、布団に横になる。暗闇で目を開けていると、リンの寝息が聞こえてきた。しばらくリンの寝息を聞いていると、そのうちに座敷で寝ているキスミの寝息まで聞こえてくる。
 ふたつの寝息を聞いていると、そこに風鈴の音が微かに混じる。それから庭の池に水の湧く、なんともいえないすらすらとした音も聞こえた。
 音の聞こえる範囲はだんだんと広がっているようで、それは音というよりも気配に近いのかも知れない。土蔵の方からは、聞いたこともないような不思議な音がした。
 さらさら、とも、さくさく、ともつかない抽象的な音だ。

 気になったので、そっと起き上がって土蔵の方を見てみることにした。窓から覗いてみたが、特に変わった様子はない。
 座敷を覗くと、キスミが気持ちよさそうに眠っている。居間に顔を出すと、サカエダさんは風流に月夜の風鈴を眺めていた。サカエダさんはおよそ、音というものを立てない。
 蔵の鍵と懐中電灯を持って庭に出る。蔵の周囲を一周してみたが、特に誰かが忍び込んでいるということもなさそうだった。かといって、猫や鼠がいるわけでもない。
 それでも一応中を見てみようと思って、鍵を開き、扉を引き開ける。軽く軋みながら開いた扉の脇に、懐中電灯の光を当て電灯のスイッチを入れる。蔵の中は、物はたくさんあるがそれなりに整頓されている。
 一通り見える範囲を確認した。やはり特におかしな所はない。問題がないなら気にすることもない。明かりを消そうとした時に、ふと目が止まった。入り口の脇に積み上がった箱の上に、手のひらに乗るほどの、ほんの小さな達磨が置いてある。
 箱にも紙にも包まれていない。むき出しのまま、無造作に棚の上に置かれていた。その達磨の隣に数冊の古い和綴じ本が積んであって、それが少し不安定に見えた。
 眠くなってきたので、積んであった本を綺麗に積み直し、達磨をつかんで電灯を消す。蔵の扉を閉め元のように鍵を締めて、あくびをしながら家に戻った。

 朝、キスミが雀がうるさいと言って起こしに来るまで、珍しく目が覚めなかった。
 リンはとっくに起きていて、散歩に行きたそうにうろうろと歩き回っている。
 達磨は僕の枕元に置いてあった。もちろん自分で置いたのに違いないが、どうもよく憶えていない。なんだって達磨を枕元に置いているんだとキスミが可笑しそうに言いながら、達磨を持ち上げる。縁起物なんだから、それなりに高いところに置いてやれよ。そう言って、座敷の箪笥の上にそれを載せた。

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