キスミとリンの話
8月25日
朝、リンの散歩から戻ると、妹がそろそろ帰らないといけないと言い出した。リンが可愛くて離れ難く、長々と居座っていたらしい。今日の夜、僕が帰ってきてから帰ることにしたようだ。
実家もそう離れているわけではないので、昼間たまに帰っていたのは知っている。そんなにリンと遊びたいなら、母に預けてある合鍵もあるから好きな時に来ればいい。リンも嬉しいだろうと言ったら、すかさずリンがクウと鼻を鳴らした。
サカエダさんは僕らのやり取りを、窓際に座って相変わらずにこにこしながら眺めている。リンが尾を振りながらサカエダさんの方まで行くと、こちらを振り向いてサカエダさんと並んで座った。
風当たりが変わったのか、居間の軒下に下げていた風鈴があまり鳴らなくなったので、座敷の軒下に下げ直すことにした。
風鈴を外して移動すると、サカエダさんが隣に立って真面目な顔で僕の一挙一動をじっと見つめている。風の通りの良い座敷の縁側の方に下げることにしたのだと言うと納得したように頷いて、座敷までついてきた。そのまま縁側の風鈴の下へ腰掛けて風鈴を眺めている。
会社でヨネヤに、メロンは妹と二人で食べたと報告する。今まで食べたメロンの中で一番おいしかったと言ったら、おかわりのメロンが入った紙袋を渡された。
一人でどうしようかと思っていると、キスミからメールが来た。キスミは文字を打つのが面倒だと言って、滅多にメールを寄越さない。珍しいと思って読んでみると、仕事で急にこちらに来ることになったので大丈夫なら泊めてほしいと書かれていた。どうやら今日の話のようだ。
妹と入れ替わりになるからちょうど座敷が空いている。大丈夫とだけ返信しておいた。
帰宅して、妹を駅まで送りがてらリンと散歩に行く。晩飯は手っ取り早くカレーを作ることにした。妹は晩飯がカレーと知って、この前作ったばっかりなのにと言いながら食べたがっている。また来た時にカレーを作る約束を取り付けて、リンの頭を両手でわしわしと撫で回してから帰って行った。
カレーが出来上がった頃合いにキスミがやって来た。リンは妹が帰ってしまって少し寂しそうにしていたが、真っ先に玄関に走って行く。リンは玄関の上がり框を勝手に降りない。足を拭かないと上がってはいけないのを覚えているのだ。
玄関を開けると和装のキスミが立っている。和装はキスミの仕事着だ。挨拶をしながら入ってきて、リンにもちゃんと挨拶をしている。着替えるまで飛びつかないでくれよとキスミが言うと、リンは鼻を鳴らしてその場に座った。
キスミは下足入れの上の達磨に気づくと、お、達磨は下足番になったのかと呟いている。
キスミを座敷に通して、カレーを食べるか聞くと食べるという。シャツにジーパンというシンプルな格好で居間に来たキスミに、リンが桃色のボールを持ってくる。ボールは晩飯の後にやろうなとキスミが言うと、リンも自分の皿の前へ移動している。リンはやけに賢いなとキスミが面白がっているが、僕もそう思う。
結局キスミは、晩飯の後でリンが飽きるまでボール遊びに付き合っていた。
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