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達磨の笑った話

8月23日
 明け方に物音で目が覚めた。物音は玄関の方から聞こえるようだった。何の音だか聞き覚えのない音なので、気になって起き上がる。まだ外は薄暗い。
 玄関まで来てみると、音はどうやら玄関より向こう、門の辺りから聞こえるようだった。何か大きな葉の束を振り回すような音にも聞こえる。無視しようかとも思ったが、どうにも気になって玄関の引き戸を僅かに開けてみた。
 閉めた門扉の向こうに、確かに何かがいるようだ。外の様子を伺っていると、足に何かがぶつかった。下を見ると下足入れの上に置いてあった達磨だ。置いたバランスが悪かったのだろうと思った時だ。

 拙宅にどのような御用向きでございましょう。

 誰かが外へ声を掛けたと思ったら、僕の声だった。けれど僕は一言も声を発していない。

 こぢらに、我のメジロがあるか。

 門の外で、ひどく耳障りで不明瞭な声が答える。その声を聞いて、自分の腕がぞわりと粟立つのを感じる。
 突然僕の目の前に、僕が立っている。ああ、そうかこれは夢かと思っているうちに、目の前の僕は躊躇なく玄関の引き戸を開けて外へ出て行く。自分の後ろ姿を自分で見ているというのもおかしなものだ。
 目の前の僕が門扉に手を掛けて扉を開くと、門の外には葉を束ねた蓑のようなものを頭からかぶった何かが立っている。外が暗いせいか真っ黒に見えた。

 生憎とそのメジロ、事情を知らぬ故、私が……

 目の前の僕は言いながら、メジロ色のクッキーを取り出して突然それをバリバリと噛み砕いた。

 斯様に喰うてしまいました。

 すると、外に立っていた黒いものは、怯えたような呻き声をもらした。何が起きているのか分からないが、目の前の僕が優勢な様子だ。

 おや、あなたからは枇杷の良い香がいたしますね。少し頂いてもよろしいか。

 目の前の僕が門から一歩踏み出そうとすると、黒いものは慌てたように、もう結構もう結構! と言い残し、かき消すように姿が見えなくなった。
 門扉を閉めて僕が戻って来るが、玄関の引き戸の前まで来ると姿が見えなくなった。足に何かがぶつかって、足元を見ると達磨が落ちている。拾い上げると、得意げな様子でこう言った。
 主、枇杷の坊主を追い払いました。言ってカカカと、愉しそうに笑っている。
 その笑い声を聞いているうちに目が覚めた。

 起き上がると、外はまだ薄暗い。
 妙に生々しい感覚の残る夢で、起き上がって台所へ行き、水を飲んでもまだ夢の続きのような感じがする。
 玄関を見に行くと、達磨はきちんと下足入れの上に乗っている。上がり框を降りて玄関の引き戸を僅かに開けてみる。外は静かだった。戸の隙間から見える空は微かに白んでいる。
 どこかで蜩が鳴き始めて、ようやく自分が少し緊張していたことに気づいた。
 知らないうちに詰めていた息を吐き、玄関の外へ出る。
 門扉を開いて何も居ないのを確認する。もちろん何も居なかったが、どこから飛ばされて来たのか、枇杷の葉が一枚落ちていた。

 達磨に思わず、よくやったと言ってしまったが、達磨はもちろん何も言わない。モチヅキのところで買ってきたクッキーが何枚入っていたのか把握していなかったが、もしかしたら一枚減っているのかも知れない。

 昼飯の後でヨネヤに貰ったメロンを切る。妹と二人では一度に食べきれないので、夜にも食べた。味の濃い、甘いメロンでとてもおいしい。残りはまた明日にしようと思う。

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