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二羽のメジロと笑わない達磨の話

8月19日
 庭の餌台にオレンジを乗せる。
 毎朝来ているメジロは、一羽だとばかり思っていたら二羽いた。たまに大きさが違うような感じがしたので、もしかしたらとは思っていたけれど、今朝は梅の木に二羽で並んで止まっていた。向こうも僕を見慣れてきたのか、あまり遠くまで逃げなくなったように思う。

 梅の花を手土産に、引っ越しの挨拶をしに来た二人を思い出す。古風で礼儀正しかったなと考えて、あれは夢だったと思い直す。
 座敷の縁側に腰掛けて餌台をしばらく眺めていると、今朝も早く起き出してきた妹が座敷から顔を出した。眠そうにあくびをしながら、おはようと言うので挨拶を返す。
 そうやってると、お兄ちゃん昔からこの家に住んでたみたいに馴染んでるよねと、妹が目を擦りながらしみじみしている。お祖父ちゃんとお祖母ちゃんたちが住んでた時より、この家おとなしくなったもんねと言う。
 家がおとなしくなるというのはどういうことなのか聞こうとすると、僕が口を開くのを遮るように妹が片手を上げた。
 ついでに座敷の達磨に人が居る時は静かにするように言い含めておいてほしいと言うので、以前友人のモチヅキが変なことを言っていたのを思い出した。もしかして笑うのかと聞くと、妹は何も答えずに座敷の中を指差している。
 達磨は僕の前で笑ったことがないのでどんな風に笑うのか分からないし、そもそも本当に笑うのかも分からない。

 会社に行く前に、箪笥の上に乗せた達磨の顔を見る。両目で見つめ返されたような錯覚を覚えた。
 楽しいなら笑ってもいいけれど、できれば人のいない時にしておいてくれと言ってみたが、もちろん達磨は笑わないし返事もしない。妹に担がれたような気もする。
 ふと、両目を入れた達磨というのは、お焚き上げをするものではなかっただろうかと思い出す。両目を入れなくても、しかるべき時期に供養するものだったような気もする。
 今度キスミが来た時にでも聞いてみることにしよう。キスミは老舗の骨董屋の次男坊なので、妙なことに詳しいのだ。

 リンは達磨が気になるのか箪笥の近くをうろうろしていたが、居間でテレビを見ていた妹に呼ばれて走って行ってしまった。
 玄関で行ってきますと声を掛けると、リンがボールをくわえたまま走って来た。居間からは、行ってらっしゃいと妹が顔を出した。

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