見出し画像

池を掘り返した話

7月11日
 朝は夏空で晴れ渡っていたが、気温はそれほど高くなかった。
 祖父母に池を掘り返していいか聞くと、あっさりと承諾されたので、予定通り掘り返してみることにする。
 リンと散歩に行き、朝飯を済ませる頃には、風が出てきて空が曇ってきた。遠くで雷の音がするから一雨来るのかと思ったが、ぱらぱらと如雨露で撒いた程度ですっかり止んでしまった。
 それでも雲だけは残っているし、風も相変わらず吹いている。池を掘り返すにはおあつらえ向きの天候だった。

 土蔵の鍵を開け、中からシャベルを持ち出す。それから池の跡の端あたりに立って、先日立てた笹の枝をまず抜いた。
 リンは少し離れた場所に座り、物珍しそうに僕の行動を見守っている。
 座敷の方へ目をやると、サカエダさんも座敷の中から珍しそうな顔で見ていた。
 僕は見物人たちに、今から池を掘り返すのだと言い置いて、シャベルを土に押し込み、持ち上げる。土はすっかり固くなっており、手だけでなくしっかりと足も添えて掘り返さなければならなかった。いくら涼しいとはいえ、汗が出る。

 二時間ほどでおおむね昔の大きさまで掘ることができた。池は完全な円に近い楕円で、石囲いがしてあった。池の中も丁寧に石を組んで、護岸工事をした川のように隙なく囲われている。かなり手の込んだ池だった。
 池は直径がだいたい一メートルほど、深さは五十センチほどで、ちょうど底の部分の真ん中だけ石が嵌っていない。
 庭の隅にある水道からバケツに水を汲み、池の中を洗ってみる。すると、ちょうど玄関脇の木戸のある方角の上方に、一円玉ほどの穴が姿を現した。ここから水を送り込むのだろうか。
 たぶん、どこかに繋がっているのだろう。
 そちらを調べる前に、少し休憩をすることにした。
 僕の行動を見守っているのに飽きたリンは、庭の中でちょうど舞い込んできた蝶を追いかけている。名前を呼ぶと、やっと相手をしてもらえると思ったのか走ってきた。座敷の方を見ると、サカエダさんの姿もすでにない。

 リンに水を出し、自分は麦茶を飲む。風呂場で汗を流してから居間に入ると、サカエダさんはいつもの窓際に戻っていた。風が通り抜けるので涼しい。
 少し休んでから、リンの相手をする。
 リンは、僕の手をくわえて遊ぶのが面白いらしい。しばらく右手や左手をくわえられていた。そんなことをしているうちに、昼飯の時間になったので簡単な炒め物を作って食べる。
 時折思い出したように、雷の音だけが遠くから聞こえていた。
 少し休憩しようと横になったら、慣れないことをして思いのほか疲れていたのか長い仮眠になってしまった。

 待っているのに飽きたリンが、寝ている僕の手をくわえてひとり遊びを始めて目が覚めた。日が暮れかけている。雷の音はもう聞こえない。
 座敷の縁側から庭へ出て池の方へ歩きかけ、思わず立ち止まってしまった。
 池の中に水が入っている。
 僕の後ろから飛び出してきたリンが、嬉しそうに池に向かって走っていく。それにつられて、僕も池まで歩いた。
 中を覗くと、池の深さの半分くらいまで水がたまっていた。寝ている間に雨でも降ったのかと思ったが、どこにも雨が降った形跡はない。
 池の底の、石が嵌っていなかった辺りがわずかに歪んで見える。目を凝らすと、とても微かだが水の流れがあるらしかった。
 手を入れてみると、底から上に向かって微かに水が動いている。驚いたことに湧き水らしい。水量は本当に少ないのだが。

 夜更けには池を満たすほどの水がたまり、水は池から溢れることはなく、途中にある一円玉大の穴からどこかへ流れ出しているようだった。

 だが、本当に湧き水だとしたら、今まで地上に染み出してこなかったというのが腑に落ちない。水がどこに流れ出しているのかも、結局よく分からなかった。
 リンが水を嘗めようとするので、水質が分かるまで駄目だと止めた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?