またきっと聞けると信じて。いま聞いてほしい槇原敬之のアルバム名曲(3)

槇原敬之さんの2回目の逮捕後のニュースが少しずつ出てきましたね。

今回は公使ともにパートナーだった方とのいざこざがあったらしいことと、本人は所持はしていても使ってはいないと父親にも語っていたと。

嘘は言っていないと心から信じたいし、そうであれば本当にうれしい。所持自体も罪ではありますし、一度かかってしまった疑惑はなかなか拭えないけど、早く真実が明らかになってほしいと思います。

さて、自分勝手なオススメ曲のご紹介も3回目。

ちなみに、前2回はスマホ、今回はMacで書いてます。やっぱパソコンの方が思考がそのまま文字になるなぁ。

運命の人(Believer)

この辺になると、昔ながらのマッキーファンでももしかしたらあまり聞いていないかもしれません。同じくファンの妻も1回目の事件後のアルバムはほぼ聞いてませんし。

で、この曲。マッキーの年齢、立場から好きになった人への秘めたる思いを語る曲です。彼女には好きな人がいる、というのが前提。

ピアノで始まる静かでやさしいメロディーの中で、好きな人のことを自分から聞き出そうとしたり、帰りの方向が同じなので送ったりしながら、思いをつのらせる様子を歌っています。

1番は、「はしかみたいな恋」として笑って諦められるのかな、ひとりで片思いしたまま年をとっていくのかな、という終わり方。

2番は、好きになるたびにこの人が運命の人だと思ってしまう、それが「恋」のやっかいなところ、という言い方に。

このふたつのサビの前にはそれぞれ、他の誰かを好きだとわかっても、「当面は」好きなままであきらめられない、という想いを吐露しています。

最後のサビは、ひとりで年をとっていくのかな? と再び繰り返しつつ、「ああ、多分それはないよな」とやや吹っ切れている感じを見せる。でも最後の最後に、自分が出会う運命の人は「君だったらいいのに」で終わる。

片思いのやっかいなところって、伝えないといつまでたっても次に進めず、想いが増幅されていくところで。

でも、恋愛って99%は片思いなんですよね。パートナーがいたって好きになる人はいるし、相手にパートナーがいる場合だってあるし、アイドルみたいに届かない人に本気で恋する人もいる。伝えられない想いを抱えているのは、いわば人間のデフォルトみたいな状態。

それをどういうふうに切り替えて、本当の運命の人(2度目でも3度目でもいいと思う)に出会う準備をするか。この歌はそんなことを歌っているのかな、と思ったりします。

君への愛の唄(Lovable People)

「どんなときも」でも「花水木」でも「世界で一つだけの花」でもなく、いまの自分にとって一番大切で、愛する人たちに自分の想いとして伝えるならこの歌、というくらい大好きな曲です。

今の自分があるのは、育ててくれた誰かの想いのおかげ。そのことにふと気づいて感謝の気持ちが湧いてきた。そんなことを思ったら、君を育ててくれたすべてのものにありがとうと言いたくなった。

まだ君と僕は結ばれてはいないのかもしれません。片思いかもしれない。でも一番願いたいのは君の幸せ。そんな曲です。

この歌がリリースされたのは、娘が3裁の時でした。か弱くてなにもできなくて、でも毎日できることが増えて力強くて。どんどん成長していく様子をみながらこの曲を聞いて、想像よりもきっとずっと早く成長していく娘と、いつか結婚する時の娘と相手の姿が自然と思い浮かんできました。

自分の前に立つ、娘を幸せにしたいと真剣に言う人から言われる言葉が、この曲のようであってほしい、と聞くたびに想像してしまうんです。

この曲には「恋」は出てきません。全部が「愛」。まさにマッキー自身が、誰かが誰かを思っていても関係ない、相手の幸せを願う「愛」に気づいた、そんな曲なのかなと。

これ聞くと、当時を思い出してウルっと来るんですよね。口ずさむともっとすごくて、まるで自分の思いをそのまま伝えているような気がしてきて本気泣きまで一直線です。きっと娘が生まれてくれたからですね。

もしなにかの拍子に、大人になった娘に歌を歌える時がきたら、この歌を歌ってみたいなぁって思ったりもします。

いろいろなことがあってうまくいかない人、愛する人を見つけて幸せを感じている人、あらゆる人の心に寄り添ってくれると思います。

Remember My Name(Heart to Heart)

「君への愛の唄」と同じくらい大好きで大切な曲です。

この曲で言う「僕の名前」は「友達の名前」という意味。孤独に苛まれたり、つらさに押しつぶされそうになったりした時に、僕の名前を呼んで。という曲です。

この曲には「愛」も「恋」も出てきません。とにかくつらさを抱える誰かに、僕がいるよ、と伝えるだけの曲。なんか、引きこもりの子のドアの前でひたすら話しかけるような、そんなイメージなんですよね。

2番のあとには「僕たちは終わりじゃない、続きがある」とも歌っていて、いまに絶望していてもまだまだ未来があることを伝えてくれています。

私は、なにかつらいことがあったり、重い悩みがあると、他人にそれを相談したりできずに自分だけで抱えて解決しようとしてしまいがちです。そういう人は、誰かに頼ることで相手の負担になってしまうことをなによりも怖れます。

でもこの歌は、そんなパーソナルの人にも「僕がいるよ」とだけ言ってくれる。そこがすごく救われました。

以上、3回にわたって槇原敬之の個人的オススメ曲をご紹介しました。

槇原敬之の歌にはその時々に感じてきた自分の人生が常に投影されていました。だからこそこんなにいろんな感情を揺り動かされて来たんだろうなぁ。

自分勝手で幼稚な解釈ですが、誰か一人でも彼の曲を聞きたいと思ってくれる方がいてくれたらうれしいです。

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