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ワクチン接種は社会のため

日本でもやっとCOVID-19ワクチン接種が近づいてきましたが、私の周りでも結構な割合で「ワクチンを打ちたくない」という人が多いのに驚いています。

そもそも、COVID-19ワクチンを打つのは自分のためではありません、権利でもありません、社会のための奉仕活動です。高齢者や基礎疾患を持つ人のため、さらに言えば医療崩壊という形で救われるはずの命が救われない状態を防ぐためです。ワクチンを打つことで自分が感染する可能性が下がるというのは、副次的な話でしかありません。ワクチンを打つのは多くの人の命を守り、社会を守るため、というのが主たる目的です。だからこそ税金を使って接種を進めているのです。

日本では無理やりワクチンを打たせることはありませんが、ワクチンを打つかどうかは個人の趣味の問題ではありません。健康上、宗教上その他の理由でどうしてもワクチンを受けられない人を除き、この社会のために文字通り一肌脱いでほしいと思います。社会のためというのは「同調圧力だ」と批判するなら、個人的サボタージュではなく公に声を上げてください、「私は社会のためにワクチンを摂取することに反対する」と。そしてワクチン接種に税金を使うことに反対してください。そうしないのなら、単にワクチンの恩恵にただ乗りしているのにすぎません。

そもそも、すでに数億人が打って大きな問題が出ていないワクチンの限られた副反応や根拠不明の不安を理由にするのなら、なぜ多くの死者を出している車や飛行機に乗ることに反対しないのでしょうか?ワクチンが短期的に開発されたことを問題にするなら、健康被害の可能性が示唆されている5Gの電波をなぜ問題にしないのでしょうか。

もちろん社会のためであるからには、それに伴う不都合を社会的に支援するべきだと思います。持続的な副反応への補償はもちろん、一時的な副反応による体調不良に対し社会的に寛容になる必要があります。自分の好みでワクチンを打っているのだから、体調が悪くなっても自己責任だ、というのはおかしな話です。職場でのワクチン接種のための休暇制度や体調不良への配慮も必要だと思います。

いずれにせよ健康上、宗教上その他の理由でどうしてもワクチンを受けられない人を除き、ワクチンを接種するかどうかは、ワクチンが自分にとっていいか悪いかではなく、社会にとって自分が何ができるかを基準に考えてほしいと思います。

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