武器を使わない情報戦ープロパガンダ⑤

思想警察の一面もあった特別高等警察

社会主義者の取り締まりで発足した特高

 国内プロパガンダの成功には、敵国の宣伝を防ぐ防衛体制の整備も不可欠だ。ポピュラーな方法は、国民の意思思想を監視する思想警察の整備。戦前日本では「特別高等警察」がこれにあたる。
「特高」の略称でも知られる特別高等警察は、もともと社会主義者を取り締まるため組織された。天皇暗殺疑惑で社会主義者が多数検挙された1910年の「大逆事件」を受け、警視庁は1911年8月21日に高等課から特別高等課を分離。これが特高の始まりで、高等課は政治運動への対処を担当する部署だったため、そこから社会運動を担当する部分を分離独立させた形となる。
 特高は警保局を元締めとし、日本共産党員を中心とした社会主義者が一斉検挙された1928年3月15日の「三・一五事件」を契機に全都道府県へと配置される。また、内閣でも特高拡充の追加予算が5月6日に成立。警保局図書課の人員も倍増し、共産主義防止の名目で国内の新聞・出版物と外国語出版物の検閲調査が強化された。
 在日朝鮮人の監視も特高内の「内鮮警察」が受け持つことになり、次第に特高は自由主義者や社会主義者だけでなく、極右思想や新興宗教を含む社会不安的脅威の監視と捜査を受け持つ思想警察となっていった。

特高の暴力と思想検事が重点を置いた転向

 特高は取り調べにおける圧力を是とし、反乱分子に厳しい態度で臨んでいた。まず、一般警察官による戸口調査などの日常報告から要視察人をあぶりだし、監視と尾行で日々の言動を記録していく。思想犯罪の証拠が見つかると、治安維持法に基づき捜査、検挙、逮捕の流れとなる。
 治安維持法の最高刑は死刑だが、この法律の適用で処刑されたものはいない。しかし、逮捕されて起訴される前に命を落とした容疑者は多い。
 特高の取り調べは、恫喝や暴力、ときには拷問まで行う苛烈なものだった。そのため死者がでることも珍しくはなく、『蟹工船』を記したプロレタリアート作家の小林多喜二も、取り調べ中の拷問で死亡している。
 取り調べで容疑が固まれば、つづきは「思想検事」が担当した。思想検事とは、地方裁判所検事局で配置された思想犯罪専門の検事だ。過激な弾圧もよしとした特高とは違い、思想検事は被疑者の「転向」に重点を置いていた。
 逮捕投獄だけでは危険思想の拡大は防ぎきれない。むしろ反対派の考え方を変えることにより、政府への忠誠を引き出すことで、社会活動全体の弱体化が可能である。組織の有力者が政府サイドにくら替えすれば、それ自体が有効なプロパガンダにもなる。そんな考えを持っていたのだ。
 ただ、特高側は転向施策を「寛大」と不満を募らせたらしく、1933年5月の警察部長会議では、検挙と司法処分の統一性のなさが議題にあがっている。1935年から特高も転向施策を取り入れはしたが、被疑者は釈放後も監視と尾行は日常的につづけられ、終戦までひとときも心休まることはなかったのである。

エスカレートしていく国民への監視

 こうした活動が展開される一方で、一般警察の特高化も進んでいく。世論調査の結果の管理に検閲内容の記録、そして各種機関紙を通じて各種機関に民衆統制の情報提供を行った。要視察人の監視と調査も外勤巡査の任務となり、一般警察と特高の結びつきは強力なものとなる。その強固な関係は、昇進試験に特高の管轄領域からの出題があったというほどだ。
 特高の権力拡充は軍隊にも影響をおよぼし、「思想憲兵」が配置され、軍内部の反戦・反政府思想の取り締まりを受け持った。しかし対米戦が近づくにつれて活動が一般社会にもひろまり、特高との競合も生じていたという。
その特高内部でも、経済統制を受け持つ経済警察との勢力争いが発生しており、競争が国民思想の監視と不穏分子弾圧をより加速させることになる。このような思想対策もまた、プロパガンダ戦争の一面なのだ。
 40年代初頭になると、特高の大義は共産主義打倒から「国体観念の徹底」へと変わる。日米戦の勃発後は総力戦体制維持のため民心の動向の把握に務め、外国のプロパガンダを防止するとともに、非戦・厭戦論者や非協力的な労働者も取り締まりの対象とした。
 しかし戦局の悪化と本土空襲の激化で民心の荒廃が進み、1945年7月10日付の機関紙「思想旬報」号外でも、国民言動を分析した結果「極めて顕著なる敗北感一色に塗りつぶされたるやの感ありて」と警戒を強めている。
 特高は国民の監視を強めて抑圧を図ったが、1945年8月15日の敗戦でムダに終わる。戦後、GHQの人権指令で治安維持法は1945年10月4日に廃止となり、特高も同日に解散となった。こうして戦前の思想警察は消滅し、反政府運動への対処は公安警察が引き継ぐことになった。しかし、当初は罷免が不徹底だったが為、特高は廃止から数ヶ月は非公式で存続したともいわれている。

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