知られざる太平洋戦争のドラマ⑭

航空部隊に圧勝した航空戦艦「伊勢」

低い砲撃力と小さな甲板の中途半端な装備

日本海軍の伊勢型戦艦1番艦である「伊勢」。航空機も発艦可能な航空戦艦に改造されたことでも有名だが、その一方では100機以上の航空攻撃に完勝したことでも知られている。
もともと「伊勢」は、扶桑型戦艦の3番艦として建造されるはずの船だった。しかし、海軍の予算不足で建造開始が大幅に遅れてしまう。その間に扶桑型の主砲に欠陥が見つかったことで再設計を余儀なくされ、伊勢型戦艦として誕生することになったのだ。
だが、完成時期が1917年と古かったことで活躍の場はなく、ミッドウェー海戦の敗北後は不足した空母の数を補うために航空戦艦に改造されることとなる。
1943年10月、航空甲板を設置し終え、2番艦の日向とともに22機の航空機を格納できる航空戦艦に生まれ変わりはした。しかし、戦艦としての砲撃力と空母としての航空機運用をあわせ持った夢の艦艇、などという都合のいい存在にはならない。
後部砲塔を取りはずしたことで砲撃力が下がり、空母よりも甲板が小さいこととカタパルト技術が未熟なせいで、専用に改造した艦上爆撃機しかあつかえない中途半端な形になってしまう。さらに甲板の小ささゆえ、航空機を発艦させることは出来ても着艦は不可能であるという致命的な欠点もかかえていたのだ。
だが、そんな「はんぱ者」がアメリカ軍に手痛い一撃をあたえることになろうとは、いったいだれが予想できたであろうか。

撃沈を運命づけられたオトリとして出撃

1944年10月、フィリピンを攻撃するアメリカ軍を倒すべく、連合艦隊はフィリピン防衛の「捷一号作戦」を発動。「伊勢」は2番艦の「日向」と、空母部隊の第四航空戦隊として出撃した。
しかしこの作戦の目的は、戦艦部隊を上陸部隊が展開しているレイテ湾に突入させること。マリアナ沖海戦の敗北で戦力が激減している空母部隊にあたえられた任務は、フィリピン沖合に進出して敵のオトリとなることだった。
まさに撃沈を宿命づけられた決死の作戦である。
かくして伊勢と日向は敵空母のオトリとなって、味方空母ともども敵航空隊の猛攻にさらされることになる。このとき襲来した航空機の数は合計200機以上。旗艦の「瑞鶴」をふくめた4隻の空母はまたたく間に沈没し、艦隊は全滅した。
ところが「伊勢」と「日向」は違った。空母が次々と沈んでいく中でも、両艦は1発も爆弾が直撃せず、逆に敵機を次々と撃墜していたのだ。

大活躍を見せたフィリピン防衛戦

 2艦の活躍は、このとき指揮していた松田千秋少将の指揮によるものだ。彼は「航空攻撃による爆弾はすべて回避可能」という仮説を立てた爆撃回避の権威である。
自らの考えにしたがい、松田は敵機の動きをよく見極めた。そして、爆撃コースから艦をずらすように的確な指示をあたえ、爆弾も魚雷もその全てを回避。油断していた敵機目がけ「伊勢」と「日向」の対空砲火がいっせいに放たれる。
敵との対空戦にそなえて増強された対空機銃による弾幕は厚く、さらに甲板には海軍の秘密兵器20連装噴進砲が搭載されていた。この兵器は現在で言うところの対空ロケットランチャーで、命中率はいまひとつだが、当たれば一撃で撃墜可能。敵機にかなりの威圧をあたえたことだろう。
空母が全滅した中でもかすり傷程度で生き残り、対空砲火の威力で海戦終了までに合計で100機近くを撃墜破。なすすべもなく沈んでいった仲間の無念を、「伊勢」は多少なりとも晴らしたのだ。
1945年2月10日、軍艦を輸送船として南方資源を回収する「北号作戦」に、「伊勢」は6隻からなる輸送部隊の1隻として参加する。レイテ後の南方航路は航空機や潜水艦がはびこる危険地帯だったが、スコールをうまく利用した退避戦術によってアメリカ軍をあざむき見事に任務を成し遂げた。大本営は全滅も覚悟していたのだが、またもや松田のたくみな指揮で全艦無事に日本へと帰還できた。

住居として使われていた戦後

 そんな大活躍を見せた「伊勢」だが、作戦後は防空砲台として呉につながれ、1945年7月の空襲で「日向」もろとも大破。終戦後に解体される。
しかし1947年未明、NHKのニュースと朝日新聞系列の画報雑誌「アサヒグラフ」で驚くべくスクープが報道された。なんと、スクラップとして陸揚げされていた伊勢の艦橋が、住居として使われていたのである。
 ただし、住居として売り出されていた、というわけではない。当時は空襲で家を失った家族が多く、廃屋などに一時的に避難することも珍しくはなかった。伊勢もそうした住宅難の影響で住まいにされていたのである。 もちろん立派な不法侵入ではあるが、当時の厳しい状況を考慮されて見逃されていたのだ。
一家は住宅事情が改善されると引っ越したといわれ、伊勢も今度こそ完全に解体されて消滅した。


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