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1-4.生命進化の舞台:特別展「海 ―生命のみなもと―」見聞録 その04

2023年08月12日、私は国立科学博物館を訪れ、一般客として、特別展「海 ―生命のみなもと―」(以下同展)に参加した([1])。

同展「第1章 海と生命のはじまり 1-4 生命進化の舞台」では、ストロマトライトが展示された(図04.01,[2]のp.28-29,[3])。

図04.01.ストロマトライト Stromatolite。
古原生代(19億年前) カナダ・ノースウエスト準州。
所蔵:神奈川県立生命の星・地球博物館 実物。

ストロマトライトは、光合成バクテリア(シアノバクテリア)のコロニーが水中で構築したドーム状あるいは柱状の構造体である。光合成バクテリアが分泌する粘液に細かい堆積物が海水中の炭酸カルシウムとともに沈着される。光合成バクテリアは、日中は光合成をし、運動性もあるので光を求めて沈着物の表面に出、夜間は活動を休止する。この繰り返しによって炭酸カルシウムを含む固い層状構造が形成され、ストロマトライトと呼ばれる生物岩はゆっくりと「成長」してゆく。

西オーストラリア中部、シャーク湾の最奥部ハメリンプールに、1950年代に世界で最初に発見された現生ストロマトライトの群体が見られる。それ以前は、化石ストロマトライトだけが知られていた。

地球の誕生は約46憶年前に遡るが、ストロマトライトは、西オーストラリアの35億年前の地層中から産出し、これは世界で最も古い化石記録の1つとなっている。地球誕生後、最初に現れた生命体は嫌気性バクテリアのような生物だったとされる。おそらくはその中に光合成バクテリアが現れ、酸素を少しずつ放出しはじめた。我々のような「高等」とされる生物が繁栄できる基礎を築いたのは、紛れもなくストロマトライトを造る光合成バクテリアとその仲間である。

ストロマトライトは海水塩分の濃度の高いシャーク湾奥部だけに群生する、としばしば解説されている。しかし、実際には、西オーストラリアのインド洋沿岸の汽水湖や淡水湖にまで生息している。興味深いことに、シャーク湾のものよりも汽水湖のストロマトライトの方が、先カンブリア時代の化石ストロマトライトに近いらしい。西オーストラリアのこの地域にのみ多くのストロマトライトの群生がある理由は謎のままである。

ストロマトライトの構築者である光合成バクテリアは日周期で活動をするので、ストロマトライトは1日あたり1枚の薄い層を形成するが、一方で岩体自体は太陽に向く方向に成長する。この成長方向は地軸の傾きによって変化する太陽の高度を反映して、年間1周期の緩やかなサインカーブを描く。化石ストロマトライトにおいてこの1周期内に含まれる層の数を数えると、その時代の1年の日数を知ることが出来る。例えば8億5千万年前の化石ストロマトライトは、1年が435日であったことを記録している。これは、過去において地球の自転が今よりも速かったことを意味する。地球の自転よりも遅いペースで地球の周りを回る月が引力を及ぼし、地球の自転に絶えず「ブレーキ」をかけているためである。月の公転が及ぼす地球の自転に対するブレーキで、このままいくといつの日か地球の自転は停止してしまう。しかし心配には及ばない。月のブレーキによって地球の自転が停止するのは、単純計算でおよそ44億年後のことである([4])。

2020年 01月 16日、国立研究開発法人海洋研究開発機構 超先鋭研究開発部門の井町寛之主任研究員、国立研究開発法人 産業技術総合研究所 生物プロセス研究部門のMasaru K. Nobu(延優)研究員らは、深海堆積物から真核生物の祖先に近縁な微生物(「アーキアに属する」)の培養に世界で初めて成功したことを発表した。

複雑な細胞構造を持つ真核生物(ヒト、植物、魚類やカビ等)の祖先は、単純な細胞構造を持つ原核生物であるアーキアが、同じく原核生物であるバクテリアの細胞を内部に取り込み、共生させることによって誕生したとされている。共生したバクテリアはやがてミトコンドリアへの道を辿る。最近の研究から、アスガルドと呼ばれるアーキアの一群が真核生物に最も近いと予測されていたが、その存在は環境ゲノム情報でしか確認されておらず、その実体は完全に謎につつまれたままであった。

本研究では、独自のバイオリアクター技術、ならびに、最新の遺伝子解析技術と従来型の培養技術を組み合わせて用いることで、アスガルド群に属するアーキアの培養に挑戦した。12年にわたる研究の結果、世界初のアスガルド アーキアの培養に成功した。このアーキアをギリシャ神話の神であるプロメテウスにちなみPrometheoarchaeum syntrophicum MK-D1株(以下MK-D1株)と名付けた。

MK-D1株はわずか直径550 nmの球状細胞で、無酸素環境下でのみ生育した。アミノ酸をエネルギー源として利用するが、生育は他の微生物に依存することが明らかとなった。ゲノム解析の結果、MK-D1株は真核生物に特有とされてきた遺伝子(例.アクチン、ユビキチン等)を数多く保有していることが明らかになった。このような遺伝子を保有しかつ真核生物に近縁であるにも関わらず、MK-D1株の細胞には真核生物のような複雑な細胞構造(例として核やゴルジ体)はなく、他のアーキアと同様に単純な内部構造であることが電子顕微鏡による詳細な観察結果から判明した。その一方で、MK-D1株の細胞は他のアーキアやバクテリアでは観察されない複雑な形態を有することが明らかとなった。特徴的であったことは、細胞外部に触手のような長い突起構造を形成することや多くの小胞を放出することであった。

さらに、本研究で培養に成功したMK-D1株の細胞構造や生理学的特徴およびこれまでの真核生物の起源に関連する研究結果に基づいて、「単純な細胞構造を持つ無酸素環境下で生育するアーキア」から「複雑な細胞構造を持ち酸素で呼吸する我々真核生物」への道筋を描いた真核生物の誕生についての新しい進化説”Entangle-Engulf-Endogenize (E3) model”を提案した。

本成果は生物学の大きな謎である「真核生物の起源」について多くの洞察を与えるものである。今後、MK-D1株を使ったさらなる研究や、深海堆積物に生息するとされる真核生物に近縁な他のアーキアや原始的な単細胞の真核生物を培養することで、アーキアから真核生物に進化した道筋がより詳細に明らかになっていくものと期待される([5][6])。

酸素の発生が地球の環境を著しく変えたことを痛感した。だからこそ、我々人類は人類を含む全地球の生物を守るためにも、地球の大気を清浄に保つ必要があると考える([7][8])。



参考文献

[1] 特殊法人 日本放送協会(NHK),株式会社 NHKプロモーション,株式会社 読売新聞社.“特別展「海 ―生命のみなもと―」 ホームページ”.https://umiten2023.jp/policy.html,(参照2023年11月27日).

[2] 特別展「海 ―生命のみなもと―」公式図録,200 p.

[3] 国立大学法人 東北大学総合学術博物館.“地球に酸素をもたらした生き物の記録―「ストロマトライト」(Stromatolite)”.東北大学総合学術博物館 ホームページ.展示案内.ミニ標本案内.http://www.museum.tohoku.ac.jp/exhibition_info/column/stromatolite.html,(参照2023年12月10日).

[4] 国立研究開発法人 東京大学総合研究博物館.“生きている岩石「ストロマトライト」 〜地球史を語る構造体〜”.東京大学総合研究博物館 ホームページ.総合研究博物館ニュース ウロボロス.Volume 1/Number 2 平成08年11月30日発行.https://umdb.um.u-tokyo.ac.jp/DKankoub/ouroboros/01_02/ganseki.html,(参照2023年12月10日).

[5] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“真核生物誕生の鍵を握る微生物「アーキア」の培養に成功-生物学における大きな謎「真核生物の起源」の理解が大きく前進-”.海洋研究開発機構 トップページ.プレスリリース.2020年01月16日.https://www.jamstec.go.jp/j/about/press_release/20200116/,(参照2023年12月10日).

[6] 国立研究開発法人 海洋研究開発機構(JAMSTEC).“【話題の研究 謎解き解説】真核生物誕生の鍵を握る微生物「アーキア」の培養に成功”.JAMSTEC BASE トップページ.記事.がっつり深める.2020年01月16日.https://www.jamstec.go.jp/j/pr/topics/20200116095817/,(参照2023年12月10日).

[7] 国立研究開発法人 国立環境研究所.“地球の大気と水”.環境展望台 ホームページ.環境学習.探求ノート.地球の成り立ちと気候変動.https://tenbou.nies.go.jp/learning/note/theme1_1.html,(参照2023年12月10日).

[8] 学校法人 早稲田大学 教育学部 理学科 生物学専修 植物生理学研究室.“動物は光合成によって生きている”.光合成の森 ホームページ.光合成の教室.2007年08月18日.http://www.photosynthesis.jp/cycle.html,(参照2023年12月10日).

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