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”ふつう”の家々の造られ方―戦後庶民住宅の歩みをたどる|書いたこと、さらに書きたいこと

リノベーションを得意とするアトリエ系工務店「ルーヴィス」の本『NOT YET―ALREADY:ものと空間をめぐる3列目的視点―「まだ」と「すでに」の間』(2021年3月刊)に、「”ふつう”の家々の造られ方―戦後庶民住宅の歩みをたどる」という文章を寄稿しました(pp.124-135)。

中古住宅のリノベーションで主な対象となる戦後に建てられた古い木造住宅が、どんな思いや事情などによって形づくられてきたのかを書いています。

有名建築家による住宅作品でもなく、匠の技が活きる伝統を継承した家屋でもない、ごくごく「ふつう」の家々の歩んできた道を知ると、それまで平凡すぎて気にしてこなかった家々が、俄然、愛らしくなってきます。

ここで言う「ふつう」の家々は、木造住宅であり、戸建て住宅であり、持ち家でもあるような、戦後の住宅双六で上がりに位置付けられた住宅を想定しています。リノベーションの出発点に、その対象となる住宅への「ありがとう」の気持ちを込めたい。そんな思いであれこれ綴りました。

構成は以下のとおり。

”ふつう”の家々の造られ方―戦後庶民住宅の歩みをたどる

1 身のまわりに建つふつうの家々
2 “ふつうの家々”の誕生

 ・国民住宅をめざして
 ・代用建材から新建材へ
 ・食寝分離論からLDK型住宅へ
 ・工業化と産業化
 ・木造在来工法 
3「ふつう」の人々の家づくり
 ・「ふつう」の人々
 ・「ふつう」の人生
 ・マイホームは住宅金融公庫で
 ・間取りのリテラシー
 ・日曜大工と日曜旦那
 ・これからの〈ふつうの家々〉へ

企画・編集を担当する山口博之さんから「戦後木造住宅史-”ふつう”の家々のつくられ方」というお題で執筆依頼いただいたのが2019年2月。いろいろあって刊行まで約2年のあいだがあったのですが、そのあいだ、山口さんから投げかけられた、戦後に建てられたごく普通の木造住宅の歴史は、ずっと頭から離れないテーマになりました。住宅金融公庫について調べ始めたのも、山口さんの問いから派生したものです。

〈ふつうの家々〉をめぐって 

わたしたちの身の周りにたくさん建っているごくごく普通の家々は、有名建築家の住宅作品ではなく、匠の技が活きる伝統家屋でもありません。たぶんどこかの工務店や地域ビルダーによって建てられた新築の木造・戸建ての持ち家たちでしょう。仮にそれを〈ふつうの家々〉と呼んでみようと思います。

ただ、この〈ふつうの家々〉がそもそもどうやってつくられてきたのか。どうして、そんなデザインや間取りになっているのか。そんな疑問に答えてくれる情報は多くありません。身近すぎる存在だと、ひとは普段あまり意識せず、そこに込められた工夫や願いに思いをはせることもなく、記録されることもないのでしょう。

さきほど、木造・戸建て・持ち家を〈ふつうの家々〉と呼びましたが、実際には木造・戸建て・持ち家以外の住まいに居住する人々は少なくありません。ここで言う〈ふつうの家々〉とは、多くのひとびとによって普通の選択肢と思われ、その獲得と維持に邁進した住まいを指しています。

ひとびとは一人前になれば取得するものとして〈ふつうの家々〉を思い描き、その獲得を欲望しました。〈ふつうの家々〉は、主に工務店や地域ビルダーによってつくられると同時に、それを欲望する人々の思いと行動、生まれ落ちたそのときの社会背景によってもつくられてきました。

〈ふつうの家々〉はどうやってできてきたのでしょうか。その「つくられ方」が気になります。〈ふつうの家々〉といっても、どんなひとびとが、どんな会社に依頼して、どんな間取りや構法・建材・設備などを用いて建てたかは様々でした。でも、一歩ひいて眺めてみると、それぞれの時代によって共通するところが多々あります。やっぱり、その時代ごとに「ふつう」と思われ、欲望された家は存在します。

〈ふつうの家々〉は、ときには有名建築家の住宅作品や、匠の技が活きる伝統家屋も大いに参照してきました。そんな〈ふつうの家々〉を手がけてきた工務店や地域ビルダー、それらに多大な影響を及ぼしたハウスメーカーといった「住宅産業」と、「ふつうの家」を欲し、手に入れて暮らし、そこで生きたひとびとの歩み。その両者のからみ合いをいくつかの特徴的なトピックから探ってみるのが、自分のライフワークになったように思います。。

いま、〈ふつうの家々〉がつくられてきた新築・戸建ての持ち家社会のあり方が転換しつつあります。とにかく新築ではなく、リノベーションによって既存住宅を活用することも注目されています。同時に社会問題化している空き家問題もあります。その一方で新型コロナウイルス感染症の流行は、新築の木造・戸建て・持ち家志向をふたたび強めることにもなっています。

これまで続けられてきた「夢のマイホーム新築」という文化が当たり前ではなくなったいま、そもそも〈ふつうの家々〉がなぜ・どうやってつくられてきたのか、その「つくられ方」を知ることは、多くの家々がそれぞれに持つ、ファミリーヒストリーを紐とく作業であり、また、これからの人生を歩み、社会をつくるための前提知識にもなるのではないでしょうか。また、「ふつう」が標準でないことが自明となったがゆえに思い描きづらくなった「家」の存在を再考する足場にもなるはずです。

〈ふつうの家々〉をつくる仕組みの誕生は、今からちょうど80年前の1941年に誕生した住宅営団からたどることができるように思います。住宅営団が手がけた住宅のモデルをさかのぼると、さらに関東大震災からの復興を目的に設立された同潤会の「普通住宅」にさかのぼることもできます。時代はその後、敗戦や戦後の復興、高度成長…いろんなことがあっていま現在に至ります。

いまわたしたちの目の前にたくさん建っている〈ふつうの家々〉の来し方を探るために、関東大震災からの住宅復興を前史に、戦時下の住宅営団による「国民住宅」、さらには戦後復興…といった歩みを、いくつかの側面から観察しようと思うと、どんなトピックスがあるだろう???そんな妄想のもと、今回寄稿した文章を原形をとどめないほどに大幅増補するとしたら、こんな目次案が作れるのでは中廊下?!?!

妄想版・大幅増補目次案


はじめに
ウキタさん一家の住まい/宮尾すすむと渡辺篤史/アッと驚く博太郎/「ふつうの家々」の観察

第1部 どのようにつくられたのか
第1講 震災以後|「ふつうの家々」のモデル形成

1 関東大震災という被災体験|建築行政マンの決意
2 同潤会の戸建て住宅供給|理想の「普通」住宅登場
3 あこがれの洋風住宅|バンガローから国際様式まで
コラム 佐野利器『住宅論』|「建築家の覚悟」と「お年寄の覚悟」

第2講 戦時動員|「ふつうの家々」のはじまり
1 はじまりの国民住宅|日本人の住まいの標準
2 1942年の「新しい生活様式」|戦時の住まい方改革
3 未来を育んだ「格納庫」|軍事技術の平和利用
コラム 坂静雄「戦ふ住宅」|戦争と実験住宅

第3講 戦災復興|「ふつうの家々」をめざして
1 加古里子と住まいの復興|「どうぐ」としての家
2 建築士に託された未来|建築基準法と建築士法
3 土管に住むということ|住宅難と転用住宅
コラム 村上慧『家をせおって歩く』|極限住宅の系譜

第4講 公庫住宅|「ふつうの家々」の鋳型
1 まともな家のつくり方|融資住宅基準と住宅の「質」
2 設計図のパッケージ化|モデルプランのカタログ
3 値段と仕様の見える化|どんぶり勘定からの脱却
コラム 月賦住宅三社|太平住宅・殖産住宅・日本電建

第5講 夫婦生活|「ふつうの家々」に住むひとびと①
1 雑誌『夫婦生活』と新婚住宅|性愛の空間を支える
2 食寝分離・隔離就寝プロジェクト|「分離」に込めた願い
3 家族計画の作法|二人っ子革命のメカニズム
コラム 絵本『いそがしいよる』|眠ることの機能連関

第6講 標準家族|「ふつうの家々」に住むひとびと②
1 実家に帰省する物語|都会と田舎の往還
2 持ち家が大衆化するとき|住宅双六の歩み方
3 専業主婦が働くとき|ローン返済と嫁姑問題
コラム 絵本『あきえちゃんのいえジロのいえ』|孫との時間を

第7講 木造住宅|ハードとしての「ふつうの家々」
1 間取り構成の論理|マス目に沿って家ができる
2 外観の決まり方|着せ替え住宅の技術と背景
3 ありがとう新建材|住宅大量需要の救世主
コラム やっぱり和室がほしい|公と私のはざまで

図説 「ふつうの家々」を解剖する
1 計画|間取りの基本パターン
2 構法|合理化された木造在来住宅
3 意匠|デザインのパターンとスタイル
4 材料|マイホームを演出する建材たち
5 設備|台所・お風呂の変貌
6 配置|住宅配置の原則と住宅地計画の定番

第2部 どのように支えられてきたのか
第8講 戦後教育|学校教材になった「ふつうの家々」
1 バーバパパははいまわったか|戦後新教育と「日常生活」
2 日常を教材に学ぶ|数学・理科・社会と「住宅」
3 単元「住宅」のゆくえ|数学科から家庭科へ
コラム 絵本『バーバパパのいえさがし』|住まいの異議申し立て

第9講 団地生活|もう一つの「ふつうの家々」
1 「ダンチ族」の盛衰|「あこがれ」から「遠・高・狭」へ
2 聖蹟ひばりヶ丘の「御ベランダ」|美智子妃とおむつの旗
3 団地がはぐくむ自治精神|『私は二歳』の集住文化
コラム 絵本『ブルドーザーのガンバ』|土建国家と重機絵本

第10講 住宅情報|「ふつうの家々」とマスメディア
1 住宅のスタイルブック|間取り集の黄金時代
2 工務店向け設計原図集|建築業者のネタ帳
3 情報としての住まい|住宅情報誌というマスメディア
コラム ゼンリン『住宅地図』|戦後社会の変化と住宅地図

第11講 住宅産業|企業がつくる「ふつうの家々」
1 プレハブ住宅が欲しい|マイホーム幻想に寄り添う
2 プレハブ住宅は得か損か?|消費者問題が住宅を変えた
3 商品化する住宅|マイホーム幻想を加速化する
コラム ユニット風呂「ほくさんバスオール」|おうちでお風呂に入りたい

第12講 住居管理|「ふつうの家々」の住まい方
1 生活を合理化しましょう|友の会「われらの衣食住展覧会」
2 モノとコトであふれる家|「家事整理学」ブーム
3 日曜大工デモクラシー|ポストからインテリア手芸まで
コラム 絵本『おうちのともだち』|家財道具との連帯

第13講 住宅検討|「ふつうの家々」のもとめ方
1 主体的な住宅検討は可能か|生活革新の理想と困難
2 間取りのリテラシー|間取り本から家相本まで
3 建築家との愛憎劇|「建築家の住宅」批判の構図
コラム 住宅営業マン|素人と専門家のつなぎ役50年

第14講 住宅展望|「ふつうの家々」と生きる
1 「ふつうの家」の再組織化|『計画的小集団開発』の射程
2 「ふつうの家」の再活性化|『モクチンメソッド』の先へ
3 リノベーションへのリハビリテーション
コラム 映画「葛城事件」|持ち家の呪縛から解き放つ

おわりに
「ふつうの家」のいま/「介護」と「看取り」/ともに生きる

実は、上記目次にあがっている多くの内容は、ここ2年ほどの間にnoteに投稿したり、雑誌に寄稿したものが占めています。全部で14のトピックスをたどって〈ふつうの家々〉がなぜ、どうやって生まれて来たのか、そこに込められた工夫や願いを知るに至る。そうすることで、ただの古びた中古住宅、ごくごく平凡で乱雑に思えた身の周りのまちなみが、これまでとはちがった景色に変わってくるはずです。

まだまだ目次が増殖しそう。
一生モノの宿題をいただきました。

(おわり)

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