Dear Mr.Songwriter Vol.11
佐野元春 VISITORS PART.2
『VISITORS』というと、ときどき言われるのは、『日本語初のラップ音楽だよね』とか••••••。誰が最初だろうが関係ない。はっきり言いたいのは、『VISITORS』でヒップホップ/ラップ•アルバムを作ろうなんて思わなかった。『VISITORS』で作りたかったのは、今まで誰も聴いたことのない、インターナショナルな新しい日本語のロック。あの時代における真にオルタナティヴなロック•アルバムだ。
Rolling Stone 2014年11月号
4枚目のアルバム『VISITORS』は『SOMEDAY』のヒットと、渡米中にリリースしたコンピレーション盤『NO DAMAGE』もチャート1位になり待望のアルバムとして『SOMEDAY』からちょうど2年ぶりにリリースされた。結果的にいうとアルバムチャートは2週連続1位。年間チャートも24位。その年のレコード大賞の優秀アルバム賞にも選出されている。でも今までの音楽性からあまりにも違っていた為に、戸惑うファンも多かった。《今までの元春はいなくなってしまった》とか《なんだか怖いです》のような声もお便りにもあって、元春が少し落ち込んでるラジオの回もありました。そうだよね、それが正直な意見でもあるのかな。
元春もニューヨークから帰ってきて、ファンもそうだけど、レコード会社やメディアさえも、その音楽性を理解してもらえてはいなかった。エクスキューズをしている内に、訳がわからなくなり軽い失語症になってしまったという。母校のカウンセラーに一カ月通い、心の緊張をほぐしていったみたいだね。
僕の場合はリアルタイムでは聴いてはいなく、後追いで聴きましたが、やはり違和感はありました。まずヴォーカルですよね。初めて聴いたのは15歳くらいだと思うけども、音楽性の違いを受け付けるのには、少し時間がかかりました。変わってきたのは、思い出してみると、「COMPLICATION SHAKEDOWN」の12インチシングルを聴いた時。うわー、カッコいいじゃんと思いそれから他の曲も好きになっていったって感じかな。みんなはどうだったんだろう。では曲を聴いていこう。
1.COMPLICATION SHAKEDOWN M43
アルバム『SOMEDAY』の「ロックンロール•ナイト」で光を掴めずに、ラストナンバー「サンチャイルドは僕の友達」において眠ってしまった肉体と精神が頭2発のイントロで覚醒する。それは、十代の頃に聴いたボブ•ディランの「サブタレニアン•ホームシック•ブルース」を1983年にアップデートをし、ニューヨークという街並みを歩くスピードに作られた。そこにはジューイッシュの友達の存在が。"シェイクダウン"という言葉がいいんじゃないかとアドバイスされ、そこに"コンプリケイション"という言葉を乗っけて、ごちゃまぜの混乱をイメージしているリリックができたという。冒頭の"つかの間の自由を"の抽象的なリリックは当時読んでいたという禅についての本からインスパイアされた。それに滑り込むビートはメロディという概念がもどかしいとばかりに進んでいく。街の息遣いが聞こえてくるように。それは、"チャンネルをゼロに合わせた時" もしくは、"すべての幻想を打ちくだくこと"でしか、手に入らない何かを求めているようだ。"このとりとめのない状況を歩きつづける"ために。
楽曲のテーマとしては、とにかく誰もやっていないようなアンユージュアル(独特)なサウンドを目指したという。チャチャという音につづいて聴こえてくるのは、この曲を引っ張っていくシンセベースとリズムギター。それに導かれてくるヴォーカルは独特なアクセントを強調しながら進んでいく。その歌声は語るように、高音、メイン、低音を重ねている。これによってグループがラップしているようなハーモニーをつくりだした。そしてもうひとつはデジタルとアコースティックの融合。サビの部分のシンセのフレーズとアコースティック•ピアノの音の対比。そして、デジタルな打ち込みのタム、バスドラ、スネアーに対しオマー•ハキム(ニューヨーク出身のドラマー。この時はジャズ、フュージョングループのウェザー•リポートのメンバー)のハイハットだけは生音になっており、ユニークな音作りに成功している。間奏のサックスのソロに関しても今までの感じとは違い何かアバンギャルドな印象で肉体に迫ってくる。ギター•ソロに至ってはドーターズ•オブ•ウェディングというバンドのギタリストのマーク•フリーランドのアイデアによってポータブルのテレビとギターをそれぞれにつないで会話をするように録音したという。これは12インチのヴァージョンがよくわかると思う。
レコードの一面を45回転で一曲まるごと入れてしまう12インチシングルというメディアも日本にはあったにはあったけど、フロア向きに作られたという意味では、先駆けだったんじゃないかな。ここで注目したいのは、ただ曲を長くするのではなくあくまでも「12インチ用」として制作されている点だろう。
2.TONIGHT M.44
アルバムに先駆けての先行シングルでリリースされた。一番先にポップな曲を持ってきたのは元春なりのファンに対する気持ちの表れなんだろう。 煌びやかな音に対して、メランコリックなリリック。元春の楽曲にはこのようなアンビバレントな表現が多々あるんだよね。ニューヨークについて一番最初にできた曲だという。"雨あがりの街に灯がともっても、霧に包まれた暗闇といくつものヒューマンクライシス(人間の危機)が見えてしまう。そしてサビ部分のイタミに寄り添っていくという慈悲の表現は後年の作品でも一貫しているテーマでもあるんじゃないかな。
3.WILD ON THE STREET M45
バシリ•ジョンソン(ニューヨーク出身のパーカッショニスト。マイケル•ジャクソンのツアーやマドンナの楽曲に参加している。)の躍動感あるパーカッションとホーン•セクションで幕を開ける。もう踊るしかない!それでベースラインがカッコいい。このアルバムの中でも特に生を感じる楽曲。煌びやかでリッチな7thアベニューを黒人たちが既成の価値観を壊しながら歩いている姿。野生的に冴えてる連中の歌なんだろう。これは、デビュー当時にも語られていたけど、"直接性を取り戻せ"という人間の生きている感情を軸にした表現をHip Hopに感じて出来上がった。"I want you to break me Till I break down down down"オレを壊してほしい バラバラになるまで"
コーラスの"ジャングル•ピープル"という箇所は黒人の女性コーラスが歌っているけど、少し問題があったみたい。黒人女性二人がコーラスをしているんだけど、最初この"ジャングル•ピープル"という言葉が、黒人を卑下した表現だと受け止められてうまく進まなかった。"ストリートで生きてるたくましい、すごくタフなのことを言葉で集約してみたいという"と。レイス感、人種のことは何も関係ないことを説明してなんとか、うまくいったそうですね。
4.SUNDAY MORNING BLUE ブルーな日曜の朝 M46
レコードでいうと、A面のラストのスロー•ナンバー。この楽曲は、3つの要素が混ざり合っているという。セントラルパークの池のほとりの" 汚れたベンチ"に座っている風景。(サリンジャー)。そこに"ストロベリーワイン"が転がっている(ジョン•レノン)そして道端に"サンディペーパー"が風に吹かれている。(ヴェルヴェット•アンダーグラウンド)今まで、あえて避けていたノスタルジーの風景を写しだしている曲でもあるという。ここでも、"窓辺の天使"という無垢の象徴である言葉と"四文字言葉"(Four letter words)という世俗的なものを対比される表現をつかっている。
このアルバムでギターを弾いているのは、ホール&オーツ等のアルバム参加していたジェフ•サウスワース。「Kiss on My List」が有名だから、あぁ、あのギターの音ねってなるかも。最終ヴァースで素晴らしいギターが聴ける。
5.VISITORS 訪問者たち M47
レコードでいうと、B面のオープニングナンバー。
アウトサイダーとインサイダー。これはニューヨークで生活をし、さまざまな経験をした中で相反する内と外の視点。二つは、結ばれたのだろうか。
ヴォーカルに関してはコンプリと同様に3声のハーモニーで作られている。(ラストナンバーのニューエイジも)そこには派手なアレンジや展開はない。でもグイグイと心を鷲づかみされるように進んでいく。まるで自分がその場所にいるような錯覚さえも起こして。"This is a story about you"だからね。
ニューヨークはジャズの街という事でイントロのフレーズはスローにするとグレン•ミラー楽団のような曲になるように仕掛けがしてある。これは『デラックス•エディション』のライヴ•ヴァージョンを聴くとわかるかも。
6.SHAME 君を汚したのは誰 M.48
このアルバムの中でも特に今までの楽曲との違いを感じてしまう。ここにあるのは、怒り。その怒りというのは、あえて特定はしない。人が少なからず持っているさまざまな感情を声を荒げて伝えるのではなく、静かに何かを訴えかける。それは、あの人だったり、あの事柄なのかもしれない。
"君の中のナイーブさを守れ そして 誰にも知らせるな"という事なのかもしれない。
急に国に帰らなければいけなくなったコロンビアの売り主から、当時三万円くらいで買ったピアノで一番最初に作った曲だそうです。
7.COME SHINING M.49
まず目指したのは、言葉とビートの繋ぎ目のないゴキゲンでストロングな表現だというこの楽曲は、まさしく言葉が耳からあふれでて踊りだしそう。ここでもデジタルとアコースティックの融合は生かされており、イントロのシンセと生のサックス。ドラムマシンとアコースティック•ギターとピアノ。そして耳に残る東洋的なマリンバの音は、シンセのマリンバと生のマリンバを重ねて立体的な響きを出すことに成功している。
この歌詞にでてくる"イスラエルから来たブルージーンベイヴ"とは借りていたアパートの部屋の持ち主のミハールという女性だろう。
8.NEW AGE M.50
ルー•リードの「ワイルドサイドを歩け」にリンクするように、トゥトゥトゥルーという歌い出しで始まるこの曲の向かう先はユートピアなのかディストピアなのか。ビデオクリップは見た事があるならわかると思うけど、あの軍隊のロボットは未来の姿を象徴していて、全体主義への警鐘を鳴らしているという。まだインターネット前夜、どのような心境だったんだろう。
せつないんだよな、この前、車で移動している時に聴いていたら何故か涙が溢れてきた。だって、"数えきれないイタミのキス 星くずみたいに降ってくる"だよ。なんなんだよ、その表現はさ。いつ聴いても自分の中にあるイメージが押し寄せてくる。
「ロックンロール•ナイト」で流れていた川を見つめ、辿り着けなかった向こう岸に、闇をくぐって小舟をこぎだした先には何が見えたのだろう。
ここからは、このアルバムを聴き続けて、僕たちが考え、想像し、行動する番なんだろう。すり傷だらけの心を抱いて、それぞれの人生の意味をさがして、すべての終わりを待ちながら。
CONFUSION M51
当時アルバムには合わないという事でアウトテイクに。30周年デラックスエディション盤に収録される事になる。80年代前半に英国でのエレクトロ•ポップ。ユーリズミックス、カルチャー•クラブ、トンプソン•ツインズ、ティアーズ•フォー•フィアーズなどの流れがアメリカにも押し寄せてきていた。その作品の中でデザインした楽曲になっている。
今回はこれで終わりです。最後まで読んでいただきありがとうございます。♡とコメントは随時受け付中です。みなさんの感想も聞きたいな。ではまた次回!
#佐野元春
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