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[note9]今日の新聞から

今朝の朝日新聞の朝刊から興味深い記事を見つけました。
大学入試という競争に向き合う受験生、オリンピックで結果を求められる選手たち…大学入学共通テストで問題をスマホで撮り、外部に流出させた受験生、ドーピング問題にある意味で翻弄されたロシアの選手。全く違う事例であるとは思うけど何か似たような感覚を持ったので紹介します。
人間は失敗できる、失敗していい存在であるはずなのに、いつの間にか常に追い込まれた状態で生きることを余儀なくされているのではないだろうか。しかも若い世代から…
今回のケース自体はきちんと責任を取るべきだと思いますが、そこに関係する大人たちはどこか他人事のように振舞っていないだろうか。少なくともドーピング問題については国、IOC、スポーツ仲裁裁判所が相互に責任を転嫁しているように見えます。
『IOCの「我々は彼女に出場してほしくなかった。だから裁判をした。敗れたので従うしかない」。IOCに責任はないと強調した』という報道が、それを象徴しているように感じます。
高校で進路指導を担う身として、希望の進路実現をサポートする役割として、何をすべきか、どんな声をかけるべきなのか、直面する現実に対して、生徒とどのように考えていくべきなのか…色々なことを考えさせられます。

-以下は朝日新聞(2022年2月19日/多事奏論から)-
偽善的な「寄り添い文体」が大嫌いだ。いままで使ったことはない。でも、今日はどうしても書きたくなった。大学入学共通テストで、世界史の問題をスマホで撮り、外部に流出させた、19歳のあなたへ。
行きたい大学がある。将来の夢もある。自分なりに努力もしてきた。それでも成績が上がらない。そもそも遠い異国の偉人の名前や年代を丸暗記して、なんの役に立つのか。学校の先生も教えてくれない。
そう思う受験生は多いだろう。分かる。痛いコスプレしたおっさんにも、昔、学生時代があったんです。世界史は好きだったけど、たとえば数学は、自分がなにをしているのか、さっぱり分からない。
ところが、もう7年になる習慣ですが、わたしは明け方に起きると、まず、高校数学の教科書を開きます(「武藤徹の高校数学読本」全6巻)。いちど通読しても分からない。いまは2周目、第2巻の苦手な幾何で四苦八苦しています。数式や図をノートに写し、参考書やネットを引きつつ、完全に理解しようとしている。今朝は、2次式の係数による2次曲線の分類でした。

わたしはライターで、百姓、猟師でもあります。数学をやると、文章がうまくなるのか、米が育つのか、下手な鉄砲が鴨(かも)に当たるのか?
そう聞かれると、答えに窮しますね。ただ、勉強していると、そういう陰影のない質問をしなくなるんです。勉強すること、それじたいが楽しみになるから。
言い方を変えましょうか。勉強にはふたつの特徴があるんです。その一。勉強には終わりがない。一生続く。だから観念するしかない。大体、ある期間やればやめていい“勉強”なんて、勉強じゃないです。世界を、人間を、馬鹿にしてます。勉強とは、カルティベート(耕作、教養)された大人になることです。その二。勉強は、勉強しているその当座、なんの役に立つのかさっぱり分からないんです。ずいぶんたってから思い出す。
田んぼを耕していると、積分のことを考えます。人類はなぜ積分の発明にたどりついたのか。田畑の面積を正確に計算する必要があったから。権力者が必要としたからです。米や麦の生産が安定し、人が人を支配する権力関係は誕生した。だから、農耕こそ格差の根源とも言えるんです。
わたしは猟師で、獲物に弾を撃つとき、ベクトルのことを思い出す。弾道の計算ですからね。ベクトル空間はフランスの数学者・哲学者デカルトによります。ところでなぜヨーロッパで科学が生まれたか。貧しかったからです。貧しいから、大砲で外部に戦争をしかけた。戦争は、科学の必要を生む。争いこそ科学の母だという、すこぶるやっかいな事実に思いが至ります。
そうした気付きはわたしのライター人生に直接的に「役立つ」ものでした。そして、勉強しない人間は必ずむごいエゴイストです。ちょっとばかり成功すると、「自分は特別」と愚かにも思い込む。
でも勉強する人は知っている。人間なんて、どっこいどっこいだ。取り巻きを1万人以上も集めて花見する権力者も、ばくだいなエネルギーを浪費して家族連れで宇宙旅行する大金持ちも別にえらくない。自分も他人も、大した存在じゃない。つまり、勉強するのは「人にやさしく」(ザ・ブルーハーツ)なるためなんです。山奥で猟をしてるとよく分かる。けものは失敗できない生き物です。逃げ方をしくじると、天敵に食われる。猟師に撃たれる。失敗は、死に直結する。でも、人間は一度過ちを犯しても、やり直せるんです。長年月かけて、そういう社会を、システムを、築いてきたんです。それこそが、人類の勉強の成果なんです。
人間には、失敗する権利がある。
もう一回、がんばりましょうよ。

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