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自#138|サンセットパーク5(自由note)

 ビング・ネイサンは、不動産屋に勤めているエレン・ブライスから、サンセットパークの廃屋の存在を知らされます。ビングは、廃屋に住むことによって、社会のシステムに対し、反抗し、抗議すると云ったアイデアを思いつき、それを実行しようとします。不法性は認識していますが、破壊や放火の対象、あるいは犯罪者たちのアジトになりそうな廃屋を、自分のような善良な市民が占拠することによって、周囲の住民の安全を守ることになると云う理屈も捻(ひね)り出します。自分一人ではなく、仲間との共同活動の方が、より意義深いと云う結論を出します。そこで、まず、廃屋の存在を知らせてくれたエレンに声をかけます。

 ビングとエレンは、アッパーウエストサイドの小学校の同級生です。何年も連絡は途絶えていましたが、ある日の午後、絵の額装を店に頼みに来たエレンと、ビングは再会しました。ビングが、空き時間にドラムを叩いているように、エレンは、不動産屋に勤めながら、絵を描いています。エレンは、現在29歳(同級生ですからビングも同い年です)。まだ独身で、両親は引退して、ノースカロライナ(つまりニューヨークよりずっと南の暖かい州)の海辺の町に隠居しています。ニューヨークに住む妹は、双子の男の子を産んで、エレンは伯母さんになっています。ビングは、エレンと再会した日、飲みに誘いました。その後、ディナーにも誘いましたが、特に何の発展もありません。子供の頃だって、二人の間には、何もなかったし、その距離感は大人になっても、変わりません。エレンは、ビングのバンドの音楽を聞いても、何ら感銘は受けません。退屈な音楽です。ビングもエレンの絵を退屈だと思っています。が、お互い、露骨にそれを口に出したりはしません。普通に相手を「忖度」できる礼儀は、弁えています。エレンの持つ静かな善良さは理解できるんですが、彼女全体からは不安と敗北のオーラが漂っていて、ある種のうつ状態に陥っています。日本にも、このタイプの女性は(今も昔も)結構います。

廃屋の存在をビングに教えてくれたのは、エレンなので、一応、礼儀として一緒に不法占拠しないかと、誘ってみたわけです。そうすると、返事はYesでした。Yesと云う返事が戻って来るとは思ってなかったので、ビングは驚きました。考え直すように説得に努め、厄介事だらけであること、どんなトラブルに巻き込まれるか解らないと、エレンを諭しますが、エレンの気持ちは変わりません。
「Yesは、Yesよ。Noと言わせたいんだったら、そもそも、何故、誘ったの?」と、切り返されてしまいます。

 サンセットパークの廃屋の裏(表というべきなのかもしれませんが)には、巨大な墓地があります。478エーカーの広さを持つグリーンウッド霊園です。クレージージョーの異名を取った殺し屋のジョーイ・ギャロやマフィアのドンのアルバート・アナスタシア、19Cのニューヨークの悪徳政治家ボス・トウィードと云った、それなりの有名人が眠っている墓地です。墓地のすぐ傍が、居住空間としてふさわしいとは、普通は考えられません。エレンの閉じ込められた和らぐことのない悲しみが、ビングにはやっぱり気がかりだったんですが、もう廃屋占拠のプログラムは、動き出してしまいました。

 ある夜、二人は、廃屋に押し入り、寝室が四つあることを発見します。つまり四人、住むことが可能です。中は荒れ放題でしたが、窓は、ひとつも割れてなくて、水道から出る水は、イングリッシュブレックファーストの紅茶のような色ですが、配管はどこも傷んでません。一週間か二週間、部屋を片付けて、ゴシゴシこすり、ペンキを塗り直せば、居住空間して、生まれ変わります。

 定員四名の廃屋です。あと二人、募集することになります。エレンは、大学時代のルームメイトのアリス・バーグストロムを誘います。アリスは、格安アパートから追い出されかけていました。アリスは、コロンビア大学の大学院生で、博士論文の執筆も進んで、あと1年以内に完成します。アパートの家賃を即座に払える時給の高いアルバイトをしていたら、博士論文は仕上がりません。ジェイク・ホールと云う、小説を書いているボーイフレンドがいますが、ジェイクの部屋は切手サイズのワンルームで、そこに転がり込むことは不可能です。アリスにとって、エレンの話は、渡りに船だったと言えます。

 エレンは、ウィスコンシン州出身のスカンジナビアン系の女性。日本風に云うと、雪深い東北・北海道あたりから上京して来た、根性ガールって感じかもしれません。ボーイフレンドのジェイクの小説は、ほとんど売れてません。ジェイクは、クィーンズのコミュニティカレッジで、非常勤講師をして、辛うじて食いつないでいます。アリスを、経済的に援助してあげる余裕は、まったくありません。アリスは、PENアメリカンセンターで、最低限のバイトをしていますが、生活はかつかつです。食事は、バターをかけたヌードルやビーンズ(日本風にいうと醤油飯って感じです)ごく時たま、卵サンドイッチと云ったメニューです。

 4人目の住人として、ビングは、手紙を書いて、マイルズを誘います。ビングは、マイルズのことを、尊敬し、立派な人間だと考えていますが、同時に、マイルズは狂っているとも思っています。コロンビア大学を(他人の目から見て)理由もなく中退して、7年半も全米の各地で、バイトのブルーワーカーとして、その日暮らしをする、そのロンサムカウボーイ的な生活は、やっぱり普通の常識で考えると、クレージーです。ビングがマイルズを誘ったのは、ロンサムカウボーイ的なボヘミアン生活をリタイアして、元のまっとおなマイルズに戻って欲しいと云う願いもあります。

 ビングは、マイルズから手紙が届く度に、マイルズには黙って、マイルズの父親に、マイルズの様子を電話で知らせていました。息子の居場所をちゃんと知らせてあげているのに、父親は何故、飛行機に乗って、マイルズに会いに行かないんだろうと、ビングは不思議に思っています。マイルズ同様、マイルズの父親も、頑固で狂っていると、ビングは判断しています。

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