老いてはことを仕損じる
闇の訪れのような声だった。
「さあ、抜きなよ」
共に深夜の雑居ビル、その間の暗がりにはとても似つかわしくない二人だった。
一人は静かな闘志を孕んだような赤髪。背は高く、闇のように黒いセーラー服に、赤いリボンタイ。人差し指に通したリングキーホルダーの先、黄金の防犯ブザーは左右に引っ張られ、今にもエネルギーを開放しそうになっている。
ブザーを構えるまで幼剣士とわからなかったことを、もう一人──ルミは己の慢心であると捉えた。
「私が『時知らず』と知っての狼藉か」
老成し、落ち着き払った声だった。その外見は多く見積もっても十代前半、小柄で幼さすら感じられる。しかし幼剣士にとって幼さは武器であり、鎧であり勝利の証でもある。故に、目の前の明らかな年上の女に対し油断したのも無理からぬことではあった。
「ならば後悔するなよ、下郎」
時知らずの幼剣士に喧嘩を売るほど愚かなことはない。目の前の女は、十代も後半に差し掛かったところ──つまるところ『死にかけ』だ。幼剣士は斬った相手の時を奪う。奪った時だけ若返る。故に絶対強者は、流れる時に逆らう『時知らず』。
ならば良い。ルミは嗤う。
言う通り先に抜いてやる。『死にかけ』の幼剣士は『死にたがる』。この女もその手合だろう。最後に幼剣士としての名誉を得たい、などという愚か者だ。
耳障りな音が鳴り響く。それが抜き払ったルミのブザー先から青く収束して、光の刃と化した。
幼剣士の決闘は一瞬である。音波光刃は抜き払えば頭が落ちる。時知らずに死にかけが敵う道理などない──はずだった。
ずるりと視界がずれる。赤い光刃が煌めいて、一瞬で掻き消えた。斬られたと理解したのは、視界が上下反転した時だった。
「お前は違う」
女──カアラは呟く。ルミの命は終わったが、彼女はもう時を奪えない。幼剣士の寿命、齢十八まで後一年。時知らずを全員殺すのが先か、老いて戦えなくなるのが先か。
時知らず、残り八名。
続く