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渡米30日目 え!?合法的にパイプラインをぶっ壊す??

気が付けば今日で早くも渡米後30日。ハプニングとそれへの対処に追われて、息をつく間もなく今日に至っているのが実感だ。だが子ども達もようやく現地のパブリックスクールに通い始めて1週間が経ち、日々ボロボロになりながらも一つ一つを獲得していっている実感がある。このサバイバルな日々をいつか振り返る余裕ができたら、やはり充実した時間だったと感じることができるのかもしれない。

フルブライトへの到着後30日以内の提出物の期限は今日だ。今朝も子ども達を学校まで送り届けると、真っ赤に染まったタスクリストの領域に、少しでも緑色の丸を広げる作業を続けた。こちらの映画業界では、全てのタスクが完了し、いよいよ映画化に向けて動き出すことができる状況を「グリーンライト点灯」と表現すると、取材中に岩井俊二さんに聞いたことがある。全ての事務的な作業はやはり僕自身が自分の映画を撮るにあたってのグリーンライトをオンにするための作業でもある。とはいってもなんとその道のりの長いことか。

「えー!!」

提出物について調べている中で、重大な事実が発覚した。学生でも年に一度税金の申告が必要になるが、なんと、こちらでの税の申告には以前取得したソーシャルセキュリティナンバー(SNN)ではなく、新たにIndividual Taxpayer Identification Number、通称「ITIN」 が必要となる可能性が出てきたのだ。かつてNYUに留学していた頃は、SSNで事足りていたので、すっかりそれで大丈夫だと髙を括っていた。ここにきて自らの詰めの甘さが露呈した。詳しくフルブライトのサイトに書かれた提出物に関する情報を読み込むと、

(1)フルブライトや大学からの奨学金だけで生活している場合にはITIN、(2)それ以外にも収入がある場合にはSSNの番号を記載してください

そう記述があり、僕はこと一年目に関しては学内などで働くつもりもなかったので、今年度の僕の状況としては(1)に該当することになる。ITINの申請には数ヶ月を要すると書かれており、僕は何も手を打っていなかった。

「どちらに申請するかはSEVISから連絡があってからにしてください」(SEVIS=Student Exchange Visitor Information Systemとは、アメリカ国土安全保障省が運営する留学生情報管理システムのこと)

だが一方で、そのような記述もあり、SEVISからは入国後家族全員分のI94などの必要書類を提出した後で全てが無事アクティベートされた案内を示す自動返信のメールを先週受け取ったてはいたが、そこにSNNやITINに関する記載はなかった。果たして、現段階でどこまで手を打つべきなのか。混乱し、クラクラしてきた僕は、フルブライトのIIEのアドバイザーに連絡するのと同時に、僕よりも少し前に入国して同じ手続きを掻い潜っている日本人のフルブライターのメーリングリストにも連絡してみることにした。

大学に移動し、昨日予約したシネマカメラのCanon C70とFuji XT3をチェックアウトする手続きを進めながら、日本人のフルブライターの仲間に連絡すると、すぐに数人から返信があった。このあたりのレスポンスの速さにはいつも驚かされる。やはりとても厳しい審査を掻い潜ってフルブライターに選ばれるだけあって、仕事ができるのはもちろんのこと、その気遣いを含めてトータルで総合力ががとても高いと感じる。中には、やはり僕と同じように以前すでにSNNを取得していてアドバイザーに確認したところ、「SNNがあるならどちかで良い」と言われたケースもあるという。念のためIIEのポータルにSNNの番号を申請した上で、やはり念押しに僕自身のIIE担当アドバイザーのディレクにもメールで聞いてみることにした。

夕方17時45分から子ども達が通うリンカーン学校のミドルクラス向けの説明会が控えていたため、撮影機材をチェックアウトするとトンボ返りで地下鉄に乗った。映画用の撮影機材はとくにCanon C70はカメラ本体に加えてレンズが追加で入っているため、ことのほか重い。トラムに乗ると、目の前にいた男性がすぐに席を譲ってくれた。(ボストンの人たちは困っているとそっと救いの手を差し伸べてくれたりして、とても親切だと感じることが多い)帰宅途中にディレクにメールを送信し、機材を自宅に置いて、すぐに説明会に向かった。

「あれ、大学の予定は大丈夫?」

昨日、リンカーン小中学校のスクールカウンセラーであるヴィヴィアン先生からの招待のメールに「僕は大学の予定があるので出席できないかもしれない」と伝えていたので、ヴィヴィアンがそう気にかけてくれた。

「少しでも顔を出して、お礼を伝えたかったので」

長男が火曜日に保健室でお世話になって以降の細やかな対応に触れて、僕はすっかりヴィヴィアンや他の先生方に親近感を感じていた。今日はこの後、大学で映画祭があるので18時過ぎにまたボストン市内に向かうことを伝えて、少しだけ学校説明会に参加させてもらうことにした。僕が出席しないというので、まだ英語がそこまでパーフェクトではない妻のことを気遣って、学校が日本語の通訳まで手配してくれていた。そのことにもとても感動した。

【パイプラインを爆破する方法】

再び大学に戻ると大学のパラマウント劇場で今日から始まるエマーソン大学主催の映画祭「Bright Lights」で映画の無料上映があり、その一作目「How to Blow Up a Pipeline」、つまり「パイプラインを爆破する方法」と名付けれらたフィクションスリラーだった。7時前に到着すると劇場はすでにほぼ満席で、僕はなんとか劇場の一番後ろの隅に残された一席に座ることができた。

なんの前知識もなく見始めたが、次第にそのストーリーに引き込まれていった。企業や起こした環境破壊や気候変動によってガンになったり、住む場所を追われるなどのバックグラウンドを持った仲間が集まり、環境活動テロリストになってテキサスのある石油の巨大パイプラインの爆破を企てるという壮大な物語だ。彼がやっていることはテロ行為そのものだが、「環境正義の観点から彼らの犯罪行為は正当化されるべきた」と主張する。

この映画祭は、エマーソンの学生だけでなく、広くパブリックに開かれていて、集まった観客は300人近くはいただろうか。映画の最中にジョークが効いた場面では皆でゲラゲラ笑ったり、ちょっとした感想を口にしたりしながら、映画を鑑賞している。僕はどこが面白いのか、語学力の壁もあり、彼らの笑いについていけない箇所が多かったが、やはりこうやって一体感を感じながら映画を見られることの幸せを感じていた。

2時間近い上映が終わって、拍手が鳴り止まない中、ボストンの環境活動家3人が登壇し、トークセッションが始まった。彼女達自身、環境汚染によってなんらかの健康被害を受けていたりと他人事ではなく、活動している人たちだ。

社会的正義を実現するためには、既存のルールを破ることもいとわない。映画の中では実際に、主人公達が石油パイプラインを爆破することに成功し、気候変動の危機から人類を守るために、皆も行動すべきだと訴える。そこには、自由の国アメリカ人の持つ精神の健全さと過激さの両方を感じざるを得なかった。僕は自分で閉塞した何かを呼び起こされる気がした。

「質問がある人は挙手してください」

質疑応答の時間がやってきて、僕は手を上げた。その一つで僕にはどうしても聞きたいことがあった。だが自分の英語力でそれをこの大観衆の前でどこまで伝えられるのか。恥をかくのではないか。そうした懸念を口にする声も確かに自分の中にはあったが、今ここで手を上げなければ、この先一生変われない気がして、敢えて手を上げて質問することした。幸いにもそれほど質問をする人がおらず、僕は二番目に質問の機会を得た。

「この作品を見て、僕は映画の力、とりわけその「社会を変えようとする力」にとても圧倒されました。実はまだ僕は日本から来たばかりの学生で、英語力にも少し不安あります。映画を見ていて、一部理解できない箇所もありました。それでも一つだけ気になったことがあります。
主人公達は法を侵してパイプラインを爆破して、社会的正義を訴えます。そのことは素晴らしいと思うのですが、そこに至るまでの彼や彼女達の背景をもう少し映像化して具体的に見せてほしかったと思います。その点、どのように感じましたか?」

果たして僕の質問の意図がどこまで伝わったのか。車椅子に座った環境活動家の一人の若い女性がマイクを握った。

「実際に企業が起こした環境破壊によって、健康や生命を脅かされている人が沢山います。私たちにはアクションが必要です。そのことを知ってほしいと思います」

僕の質問に対して、彼女は行動を起こすことの切実さを改めて訴えた。僕がさらに発言しようとすると再び僕のところにマイクが回ってきた。

「そのことには完全に同意します。ただ僕はもしも僕が監督だった場合に、どのようにこの物語を映像化しただろうか、もう少し何かできることがあったのではないか、とそのことを思わずにいられませんでした。すみません。そしてありがとうございます」

上映が終わり、ロビーではケーキが飲み物が振舞われていた。果たして、僕の発言はどのように響いたのだろうか。不安を感じていたところ、クラスメイトの何人かが話しかけてきてくれた。

「確かにタカヤが言う通り、映像的にはもっと工夫できたんじゃないかと感じる映画だったよね。例えば、未来に関わる話なのに、映画の中に赤ちゃんが一人も出てこない。そういうワンカットがあるだけでも観客の受け取り方がかなり違ったの出ないか。もちろん言語の壁はあったとしても、あなたが言っていることは正しいと思う」

そうしているうちに、周りに何人ものクラスメイトが集まってきて、口々に感想を伝えてくれた。思っていることは言葉にしなければ伝わらないし、やはり生身の発言を通じて、僕たちは初めてお互いが何者で何を感じてるのかを知ることができる。そして本当の意味で「出逢う」ことができる。

このBrightLight映画祭は毎週、木曜日の夜に行われていて、12月まで続くと言う。しかも映画の上映後には無料でお酒まで振る舞われる。金曜日は朝からクラスがあるので、課題にも追われることだろうけど、できる限り、毎週できる限り参加したいと心から思った。

DAY30 20230921木3D+0927-1119

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