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ウイルス非存在説について

ウイルス非存在説の出処

 「新型コロナウイルス(正式名はSARS-CoV-2)は存在しない」とネットで主張している人がいまだにいらっしゃいます。誰がそのようなことを言い出したのかはわからないのですが、最初の出処はおそらく海外だと思います。しかし、国内でも某大学の名誉教授(医師)も早くから主張されていました。
 「新型コロナウイルスが存在しない」と聞くだけでも驚きますが、「ウイルスそのものも存在しない(ウイルスが全部存在しない)」と主張する人がいて驚愕しています。
 ウイルスを普段から扱って実験している私たちにとっては理解不能で、あまりに荒唐無稽なので、例えば「私は存在しない」のような一見逆説的な、哲学的な問いにしか聞こえませんでした。しかし、彼らはいたって真面目にそう信じているようです。私が一般の方も参加される講演会などに行くと、この非存在説についての質問を度々受けますし、さらにネット上では、ウイルスは存在しないから私が嘘をついているのだと吹聴する人までいます。
 なぜこの時代にこのような人が少数とはいえ出てきてしまうのか。その理由を知りたくなり、そのような主張を支持している人から、その人が「ウイルスが存在しない」と信じるに至った海外のビデオのURLを教えてもらい、いくつか拝見しました。しかし、どれを見ても「まさかそんなことでウイルスの存在を否定してくるのか」と逆に人間の想像力に驚嘆してしまいました。しかし、このビデオを見て信じてしまう人がいるのです。実際にウイルスを扱わなければ、ウイルスが存在しないという主張を信じる人も出てくるということは厳然とした事実なのです。

ウイルスは確かに存在する

 ウイルスは電子顕微鏡で見ることができます。ウイルスの種類によって様々な形態をしていますが、細胞から産生されるエクソソームとも形態で区別できます。ウイルスが増えるにしたがって、ウイルスの遺伝物質も増えるのですが、その増える遺伝物質(DNAまたはRNA)も経時的に定量できます。単一のウイルスだけを集めて、培養細胞に接種すれば、培養細胞が死滅したり変形したりします。これを細胞変性効果(CPE)と呼んでいます。培養細胞がCPEを起こすのは、栄養不足によるものとか、不純物や毒素のせいだと彼らは動画内で主張していますが、陰性対照(細胞に接種するサンプルでウイルスが加えられていないこと以外はまったく同じ条件の対照群)をしっかり置いているので、その可能性は明確に否定できます。さらに新型コロナウイルスの場合は、細胞融合を起こして死ぬので、培養液に含まれる抗生物質などによる死や栄養不足による死と明確に区別できます。もちろん、電子顕微鏡で観察すれば、ウイルスを接種した細胞のみにウイルス粒子が観察されます。
 細胞と同様に実際の動物に接種して病気を起こすことも出来ます。病変部からは同じウイルスを再分離することもできますし、増殖していることも様々な科学的手法で確認できます。他の常在微生物が関与していないことも、現在では網羅的な遺伝子解析で証明できます。病原因子であることの完全証明は確かに手間はかかりますが、しっかりと手順を踏めば、一分の隙もなく論理的にある疾患の原因が特定のウイルスであることを証明することができます。

事態は深刻

 常識を疑うことは大切です。しかし、少しでも真面目にウイルス学を歴史から学べば、ウイルスは存在しないとする主張がいかに荒唐無稽であることかがわかるはずです。
 ウイルス学を学ぶ機会がなかった人が大多数でしょう。初めに誤った考えを刷り込まれてしまうと、私たちが初心者にもわかるように噛み砕いて説明し、事実を示しても、その考えを改めることは困難なようです。事態は深刻で、また、たいへん残念なことです。悲しくもなります。そのような主張をする人たちが、無意味で過剰な新型コロナ対策を批判してきた同志であればなおさらです。
 「ウイルス非存在説」に対する反論は、拙著『ウイルス学者の絶望(宝島新書)』の第七章「ウイルス学者を悩ませた16の質問」に記しています。また、『なぜ私たちは存在するのか(PHP新書)』にも私たちがどのようにウイルスを分離し、病原ウイルスを同定しているのか、さらには人工的にウイルスを作成してどのように研究しているかについて詳しく記しています。


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